更新:2008年8月6日
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司法制度改革

●初出:月刊『潮』2002年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「司法制度改革」が進められていると
聞きました。どういうことですか?

Answer現在の司法制度(裁判制度)は、第二次大戦に敗れた日本が、新しい憲法をつくって再スタートを切ったときに成立したもの。以来、半世紀が経過して、さまざまな問題点も指摘されるようになりました。

 まず、日本では裁判にきわめて長い時間がかかります。何十年ぶりかで無罪が確定した冤罪《えんざい》事件や、賄賂《わいろ》を受け取ったとされる被告の政治家が何年もたって高齢で死亡し裁判が打ち切られた汚職事件は、枚挙に暇《いとま》がありません。

 一九九五年に日本中を震撼させた地下鉄サリン事件の裁判は、二〇〇一年六月に第二〇〇回目の公判を数えましたが、この時点で、第一審の半分も終わっていないといわれます。日本の裁判は三審制(慎重を期するため同一事件で三回の裁判を求める機会を与える制度)ですから、このままのペースなら最終判決が出るまでに二十〜三十年かかっても不思議はありません。これでは事件の被害者は救われませんし、被告すら死亡してしまうかもしれず、裁判を開く意味がありません。

 裁判に時間がかかる理由の一つに、裁判官・検察官・弁護士(以上を「法曹三者」と呼ぶ)の数が少ないことも指摘されます。とりわけ弁護士の数が少ないことは、ふつうの人が裁判についてまず相談をする専門家が少ないことを意味しますから、裁判という紛争の解決手段への道が最初から狭められているわけです。

 また、法曹三者でつくる「法曹界」の閉鎖性も問題です。法曹三者の資格は、司法試験という非常に難しい国家試験を受かった者だけが司法修習生をへて得られるシステム。優秀なエリートたちが法曹界を目指すのはよいとしても、法律条文の丸暗記ばかりが得意で世間一般の常識を知らない者ばかりが合格するのでは、国民はたまったものではありません。

 「最近の若い裁判官は、ある事件について、刑期は何か月で執行猶予は何年、あるいはこれこれの理由で無罪という判決文を書いてみろといえば、それぞれ非の打ち所のないものを書ける。しかし、そもそも、その事件が有罪か無罪かの判断がつかない」と話す法曹関係者がいます。こんな裁判官の裁判だけは受けたくありませんね。さらに最近では、裁判官、検察官、弁護士の不祥事も相次いでいます。法曹界の人材育成のあり方も、見直さなければならない時期にきているのです。

 そこで一九九九年七月、内閣の下に司法制度改革審議会(座長は佐藤幸治・近畿大法学部教授)が設置され、およそ2年間の審議をへて、二〇〇一年六月十二日にその最終意見書が出ました。この意見書をもとに、いま司法制度改革が議論されているのです。

裁判のスピードを半分に短縮

Question意見書の内容を
教えてください。

Answerまず、意見書は司法制度改革の三つの柱を次のように掲げます。

「第一に、『国民の期待に応える司法制度』とするため、司法制度をより利用しやすく、分かりやすく、頼りがいのあるものとする。

 第二に、『司法制度を支える法曹の在り方』を改革し、質量ともに豊かなプロフェッションとしての法曹を確保する。

 第三に、『国民的基盤の確立』のために、国民が訴訟手続に参加する制度の導入等により司法に対する国民の信頼を高める。」

 この三本の柱に沿って解説を加えましょう。まず、第一の「国民の期待に応える司法制度」では、民事裁判の充実・迅速化をかかげ、民事訴訟事件の審理期間をおおむね現在の半分に短縮することを目標としています。

 そのために、すべての事件について審理計画を定める協議の義務づけ、専門的な知見を要する事件について専門家の裁判への参加(専門委員制度)の検討、知的財産権関係事件について東京・大阪両地方裁判所の「特許裁判所」化、労働関係事件について専門家の関与する労働調停の導入、家庭裁判所や簡易裁判所の管轄見直しと機能充実、民事執行制度の強化、裁判所へのアクセスの拡充(提訴手数料の低額化や、勝訴の場合に弁護士報酬の一部を敗訴者に負担させる制度の導入など)、ADR(裁判外紛争解決手段=Alternative Dispute Resolution)の拡充、司法の行政に対するチェック機能の強化などを提言しています。

 刑事裁判についても、やはり充実・迅速化をかかげ、そのために新たな準備手続きの創設、証拠開示に関するルールの明確化、公判の連日的な開廷(休みなく毎日裁判を開くこと)などを提言しています。

国民が裁判に関与する

Question第二、第三の柱
については?

Answer第二の「司法制度を支える法曹の在り方」では、法曹人口について、二〇〇四年に現行の司法試験合格者数一五〇〇人(現在は約一〇〇〇人)を達成し、二〇一〇年ころには新しい司法試験の合格者数を年間三〇〇〇人に増加させることを目指しています。法曹養成制度については法学教育、司法試験、司法修習を有機的に連携させた「プロセス」としての養成制度を整備し、そのために「法科大学院」を設置。

 弁護士については、法律相談活動の充実、弁護士報酬の透明化・合理化のほか綱紀・懲戒手続の透明化・迅速化・実効化など弁護士倫理の徹底・向上を図る方策を提言。検察官については、検事を一般国民の意識を学ぶことができる場所で執務させるなど人事・教育制度の抜本的見直しを図るほか、検察庁の運営に国民の声を反映することのできる仕組みを整備。裁判官については、判事補制度の改革や弁護士任官の推進など人材の多様化・多元化を図るとともに、裁判官の指名に国民の意思を反映させる制度の整備、人事評価について透明性・客観性を確保する仕組みの整備などを提言しています。

 第三の「国民的基盤の確立」では国民の司法参加を提言しています。具体的には、刑事訴訟事件の一部を対象に、広く一般の国民が裁判官とともに責任を分担しながら協働し、裁判内容の決定に主体的、実質的に関与する新たな制度を導入します。これは外国の陪審制(市民が評決する)とは異なり、参審制(職業裁判官と市民による合議制)に近いものとされます。

改革推進本部も設置

Questionざっと見ても、かなり抜本的な改革といえそうですね。
今後の展開は?

Answer意見書は「おわりに」で、「司法制度の全般にわたり、その根幹にかかわる大幅な改革を提言するもの」と宣言するとともに、これほど重大な改革を一時に実行しなくてはならないのは、法曹三者によるこれまでの改革が柔軟性に欠けていたからだと、厳しく批判。法曹三者の意向だけで司法改革が決定されてはならないと強く戒めています。今回の意見書が、半世紀も変わらずにきた司法制度に対する、画期的な提言であることは間違いありません。

 これを受けて、国会では二〇〇一年十一月に司法制度改革推進法が成立。この法律に基づいて内閣に内閣総理大臣を本部長とする「司法制度改革推進本部」も設置され、今後三年間で司法制度改革を進めることになりました。司法改革にも、あらゆる改革につきものの守旧派・反対派が存在します。私たちは改革の行方を注意深く見守り、司法制度の「利用者」の立場から積極的に意見を表明すべきだと思います。

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