更新:2008年8月16日
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ソマリア

●初出:月刊『潮』1993年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

二〇〇万人以上が餓死寸前

Question一九九二年十二月、多国籍軍がソマリアに上陸しましたね。
人道援助が目的と聞きましたが、一体なにが起こっているんですか?

Answerはい。ソマリアはアフリカ東部にあり、東はインド洋に、西はエチオピアやケニア、ジブチに接する国です。面積は六四万平方キロ弱で日本より広いのですが、人口は約七五〇万人(一九九〇年)と少なく、ほとんどがソマリ族と呼ばれる単一の民族。その九八%はスンニ派イスラム教徒といわれています。単一民族で宗教もひとつという国はアフリカでは珍しい存在です。では国内は安定しているかというと、これがまったく逆。ソマリ族は、「クラン」と呼ばれる氏族、さらに「サブクラン」と呼ばれる部族に分かれて複雑に対立しており、争いが絶えません。

 ソマリアでは一九六九年に無血クーデターが起こり、バーレ少将(前大統領)率いる軍が実権を握ってしばらく独裁が続きました。しかし、八八年には北部で「ソマリア国民運動」を名乗る反政府ゲリラが蜂起。九一年一月には、最大勢力を持つ武装集団の「統一ソマリア会議」が政府軍を破り首都モガディシオを制圧。その後、統一ソマリア会議は主導権争いから、モハメド暫定大統領派とアイディード将軍派に分裂しました。

 こうしてソマリアでは、「統一ソマリア会議」の二派、「ソマリア国民運動」、バーレ前大統領らの「ソマリア国民戦線」の四大勢力(それぞれ部族が異なります)の抗争――内戦とも無政府状態ともいえる争乱が続きました。悪いことにこれと干ばつによる飢饉が重なって、ソマリアでは餓死者が続出。いま、二〇〇万人以上が餓死の危機に直面していると伝えられています。

 一方国連はソマリアで、パキスタン軍による平和維持活動(PKO)や、ソマリア監視団による停戦監視を行ってきました。しかし、国連からの援助物資がゲリラやギャングに略奪されるなど、なかなか実効が上がりません。そこで今回の多国籍軍の派遣となったわけです。

目的は人道援助

Question多国籍軍とは
どういう性格の軍隊ですか?

Answer国連のガリ事務総長は九二年十一月の末、国連安全保障理事会に対してソマリア情勢に関する書簡を提出しました。この書簡は、現在のPKOや監視団活動ではソマリアの窮状は救えないとして、多国籍軍型の軍隊をソマリアに派遣することを提案し、安保理の協議・採択を要請したもの。これを受けて安保理は十二月初め、ソマリアに多国籍軍を派遣する決議を全会一致で採択しました。

 決議は、抗争や略奪が横行し無政府状態に陥って約二〇〇万人が餓死寸前というソマリアの窮状に強い懸念を表明し、各勢力に停戦や国際法の遵守を要求。さらに、食料や薬品など援助物資の輸送を図るために多国籍軍を派遣するというガリ提案を支持、人道援助のためには武力行使も辞さないことを容認しました。

Question湾岸戦争のときにも多国籍軍が出ましたが、
それと同じですか?

Answer似ていますが、いくつかハッキリ異なる点もあります。湾岸戦争の多国籍軍(同盟軍)は、平和破壊国や侵略国に対する国連による軍事的な強制行動を定めた「国連憲章」第七章の規定に基づく軍隊でした。朝鮮戦争のときの国連軍も第七章を根拠にしていました。今回の多国籍軍も第七章の規定に基づく軍隊ということではこれらと共通しています。

 しかし、今回は国と国との軍事的対立や衝突──戦争があったわけではなく、内戦や無政府状態をきっかけとしているという点で、湾岸戦争や朝鮮戦争のケースと異なっています。また、派兵の目的が侵略の強制的な排除ではなく、人道援助の実行とされたことも、過去に例がありません。

Questionカンボジアに行っている自衛隊など
PKOの軍隊とはどう違うのですか?

AnswerPKOの軍隊(平和維持軍)は、国連憲章に直接の規定はないものの、紛争の平和的解決を規定した第六章に基づくものとされています。つまり根拠となる国連憲章の条文が違うのです。そしてソマリアには平和維持軍がすでに派遣されていますが、自衛のための最小限の武器は携帯しているものの、本気で襲ってくるゲリラには対抗できません。監視団も発砲を受けない限りこちらから撃つことは禁じられています。それでは限界があるという理由で編成された多国籍軍は、PKO軍とはレベルの違う本格的な軍隊です。

米軍を中心に各地を制圧

Question多国籍軍は、具体的には
どのような行動をとったのですか?

Answer多国籍軍の中心となっているのはアメリカ軍ですが、これにフランス、イタリア、カナダ、ベルギー、エジプトなどアフリカ諸国が加わり、総勢三万人規模。このうちアメリカ軍の海兵隊がまず上陸作戦を敢行。上陸する軍隊を迎えたのはマスコミのカメラで、抵抗らしい抵抗もなく、首都や空港、主要道路などが制圧されました。

 その後、多国籍軍は昨年暮れまでにソマリア中・南部の主要八都市(地域)を制圧。これら都市を援助物資の配給拠点として、周辺への物資輸送に重点を移しました。各地でギャングやゲリラとの小競り合いもありましたが、もともと野盗のようなもので多国籍軍の敵ではありません。作戦は順調に進んだといってよいでしょう。なお、日本など軍隊を送らない国も、資金を負担するとか輸送機を提供するなどして協力しています。

 一方、最大の武装勢力である統一ソマリア会議の二派の指導者、モハメド暫定大統領とアイディード将軍は首都モガディシオの議会ビル前で数万人を集めて和解集会を開催。二人は市民の前で抱き合い、二年間繰り広げられた首都での抗争の終結を宣言しました。国連は引き続き和平工作を進め、九三年一月上旬にはソマリアの一四の武装勢力が停戦に合意。四月には隣国エチオピアの首都アジスアベバで同じ一四の武装勢力が集まって国民和解会議を開くことが決まっています。

 この会議を通して、ソマリアは新しい統一政府樹立への道を模索することになります。しかし、各勢力は支配地域の確保にやっきになっており、管理地の線引きをめぐって紆余曲折が予想されます。奥地にはまだ一四勢力の影響外にあるゲリラやギャング団も残っていると思われ、小規模な衝突は今後も続きそうです。駐留する多国籍軍のもと、国連や各国からの援助物資は本当に困っている人々に届くようになりましたが、抗争で国土が荒れ果てたソマリアの復興は容易ではありません。

ソマリア派兵の意義

Question今後このような多国籍軍の派遣は
増えるのでしょうか?

Answer増える可能性は大きいと思います。米ソの冷戦が終結し、対立する東西二大勢力の代理戦争──朝鮮戦争やベトナム戦争、アフガン内戦などがその例──は姿を消しました。しかし、中東湾岸、カンボジア、ソマリア、モザンビーク、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ナゴルノカラバフなど世界各地ではかえって紛争が深刻化しています。これらの紛争は、使われる武器のレベルもそう高くはなく、戦争としての緊張度は低いのですが、民族的、領土的、あるいは宗教的な対立をともなって、解決が難しいものばかりです。

 かつての二超大国の影響力が低下しているいま、国連がリーダーシップを発揮してこれらの紛争を解決に導くことが強く期待されています。今回の多国籍軍は、国連事務総長が安保理に提案して実現したものであり、実質的に米軍が中心というものの、国連加盟国すべてに軍隊か資金か物資での貢献を求めるなど、国連が主導する人道援助のための軍事介入という性格を強めています。国連には冷戦後の新しい世界秩序維持のために「平和執行部隊」を設けるという構想がありますが、今回の多国籍軍はこれに近いかたちの軍隊ともいわれます。ですからソマリア派兵は、今後国連が主導する地域紛争解決のモデルケースとしての意義が大きいのです。

 この種の多国籍軍は純然たる軍隊ですから、日本が自衛隊を出すことはできません。しかし、資金や物資などの面で、これまで以上に貢献を要求されることは間違いないでしょう。そのとき、わが国はどのように対応すべきなのか、いまから議論を重ねておく必要があるでしょうね。

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