更新:2008年8月16日
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少年法改正

●初出:月刊『潮』1999年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question少年法改正のニュースを聞きました。
これについて教えてください。

Answerまず、現在の少年法はどのような経緯で作られたか、その狙いはどんなところにあるかを説明しましょう。

 次代を担う子どもたちの法的な規律違反──つまり少年の非行は、どんな時代や社会体制下でも、大きな関心が払われてきました。たとえば今から四〇〇〇年前のハンムラピ法典は「父を殴った息子は、両手を切り落とすべし」と、応報(善悪の因縁《いんねん》に応じて受ける当然の報い)的で過酷な刑罰が規定しています。しかし、このような懲罰では、犯罪者の矯正や犯罪予防の効果が少ないことが、だんだんわかってきました。

 二十世紀に入ると、人格形成の途上にある少年の犯罪や非行には、重い刑罰を科するのでなく、福祉、保護、教育といった側面から個別的な処置をおこなって改善を図るべきだという考え方が主流を占めます。今世紀初頭には合衆国各州や欧州各国で少年法、少年裁判所法などの成立が相次ぎました。日本の少年法は、その影響のもと一九二二年に成立し、これを大戦後の一九四八年、全面的に改正したものです。

 その内容ですが、まず事件を起こした少年の健全な育成を期して事件を審理し、少年を矯正し社会に適応させるための適切な処分や措置を決定する手続き(以上を「少年審判」という)を、家庭裁判所がおこなうと定めています。旧少年法では、これは司法省に属する少年審判所の仕事とされていましたから、戦後の改正で処分の決定と執行が分離されたわけです。

 少年審判の対象となるのは、(1)犯罪少年(一四歳以上で罪を犯し、現在二十歳未満の者)、(2)触法少年(十四歳未満で刑罰法令に触れる行為をした者)、(3)虞犯《ぐはん》少年(性格や環境から、将来罪を犯したり刑罰法令に触れる行為をする恐れのある者)です。この点でも、旧少年法の十八歳未満から二十歳未満へと年齢が引き上げられています。

懇切を旨として、なごやかに

Question家庭裁判所の少年審判は、ふつうの裁判と
どんな点が違うのですか?

Answer事件が警察や検察官などから送致されてくると、家庭裁判所はこれを受理してから、審判をおこなう前に、事件について調査します。調査は家庭裁判所調査官が担当します。

 事件の事実関係だけでなく、家庭や保護者の関係、境遇や経歴、教育の状況、不良化した経緯、性行、心身の状況などが、医学、心理学をはじめとする専門的知見を活用して調査されます。家族や関係人についても同様です。心身の状況については、少年鑑別所の科学的鑑別の結果が利用されるほか、本人や家族との面接、教師や上司への照会などで綿密に調査されます。この間に、少年に対する生活指導、反省文の提出、保護者への指導や助言といった保護的措置がとられます。必要であれば、身柄を少年鑑別所に移す「観護の措置」もおこなわれます。

 調査の結果、事件を審判に付することができない、または付することが適当でないときは、手続きは打ち切られます。少年が深く反省し、家庭や学校など周囲の状況からも非行再発の可能性なしと判断されれば、少年審判は開かれずに終るのです。また、十六歳以上の犯罪少年の場合で、罪の性質や情状に照らして刑事処分が適当と認められたときは、事件が検察官に送致される(「逆送」という)こともあります。

 少年審判が始まると、非行の事実認定、少年に対する保護処分が必要かどうかの決定、処分の種類の決定がおこなわれます。審判は裁判官が主宰し、家庭裁判所調査官、本人、保護者、少年か保護者が選任した付添人が出席します。審理は非公開で、「対審」(原告と被告を互いに弁論させておこなう審理)のかたちをとらず裁判官が直接質問する点が、ふつうの裁判とはまったく異なります。少年法には「審判は、懇切《こんせつ》を旨《むね》として、なごやかに、これを行わなければならない」と書かれています。

 こうして少年には、(1)保護観察(2)救護院または養護施設送致(3)少年院送致のうちいずれかの保護処分、または不処分が決定されます。なお保護処分の決定に対しては少年側の抗告(不服申し立て)が認められています。また、刑罰を科するときは、十八歳未満の少年には死刑を科さず、三年以上の懲役か禁固相当ならば五年以内か一〇年以内の不定期刑を科し、刑の執行は少年刑務所でおこなうと定められています。

検察官の関与を認める

Question確かに少年は特別扱いされていますね。
どんな点を改正しようというのですか?

Answer法相の諮問機関である法制審議会は、一九九八年十二月に少年法改正へむけた答申案をまとめました。改正のポイントは、(1)検察官の関与を認める、(2)被害者(の家族)対策を盛り込む、の二つに整理できます。

 前者では、現行では認められていない検察官の少年審判への出席を、三年以上の懲役か禁固相当の非行、または被害者死亡の事件の場合に限り認める。その場合、弁護士の付添人が必ず出席しなければならない。少年側にしか認められていなかった抗告権を検察官にも認める。検察官が関与すれば審理が長引くことから、現行で最長四週間とされる観護の期間を、最長一二週間まで延長する、などが答申されました。

 後者では、少年審判が非公開なので、暴走族の集団暴行やイジメなどによって子どもを殺された親が、なぜわが子が被害を受けたのかわからないという今の状態を解消するため、被害者側の申し出に応じて、少年の住所氏名、決定の主文や理由の要旨を通知することが、答申されました。検察官にも、被害者側の主張の代弁者という役割が期待されているわけです。

 なお、これ以外に、必要に応じて裁判官三人の合議制も認める(現行は単独のみ)、保護処分終了後に無実を示す明らかな資料が出たときは再審請求を認める(現行はなし)、なども答申されています。

厳罰主義への懸念も

Question今後、改正問題は
どうなるでしょう?

Answer答申案は九九年一月の正式決定をへて法務大臣に出され、法務省は少年法改正案を国会に提出、議論されることになります。日本弁護士会などを中心に答申案に対する反対意見も強く、すんんなり改正案が通るかどうかはわかりません。

 まず懸念されるのは、検察官の関与が強まり少年審判の事実認定が厳格におこなわれるのはよいとしても、それが行き過ぎて「少年の健全な育成を期する」という少年法の理念の形骸化につながってしまう心配です。

 検察官は、刑事事件で公訴する(裁判を開くよう求める)ことを任務とする行政官で、独立性が非常に強く、どんな犯罪についても捜査をすることができ、警察とも相互協力関係にあります。検察官が起訴猶予処分とする事件が多いこと、検察官が起訴した事件の有罪率が極めて高いことも、司法における検察官の役割の強大さを示しています。検察官が裁判を代行し、裁判官による裁判が形骸化してしまっているともいえるのです。そんな強い権限をもつ検察官が関与するわけですから、関与の仕方を限定的なものにとどめる歯止めが必要だと思います。

 そのほか、延長した観護期間中に鑑別所で義務教育を受けることができるか、少年の情報が被害者の親を通じてマスコミに流れたらどうするかなども、議論の余地がありそうです。

 さらに、少年への刑事罰の適用年齢を十六歳以上から十四歳以上に引き上げようという動きもあります。これは神戸児童殺傷事件や、多発したナイフを使う少年犯罪の影響でしょう。しかし、実は法務省の統計でも、戦後の少年の凶悪犯罪は減り続けているのです。また、年齢を下げる厳罰化は、少年犯罪の予防には、まず結びつきません。大切なのは、少年法を法律問題としてだけとらえるのでなく、家族や教育の問題、社会の病理の問題など、幅広い視野から、真剣に議論することでしょう。

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