更新:2008年8月6日
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首都機能移転

●初出:月刊『潮』1996年8月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近「首都機能移転」についてのニュースをよく見聞きします。
どういうことですか?

Answer日本の首都は、いうまでもなく東京です。東京は、江戸と呼ばれた時代から今日まで一貫して、わが国の政治、経済、文化の中心でした。

 しかし、首都を東京から移転しようという考え方もあります。一九五〇年代には国土開発策の一環として首都移転が検討されましたが、当時はまだ机上《きじょう》の空論でした。その後、七〇年代の「地方の時代」が空振りに終わり、八〇年代に「東京一極集中」が急激に進むと、東京はバブル経済や地価高騰を象徴する都市となり、首都移転問題が再浮上したのです。

 今回は、少なくとも政治レベルでは空論に終わらず、一九九〇年に国会が自らの移転を決議。九二年には関連する法律が成立、九三年には政府の「国会等移転調査会」が設立されました。

 この調査会が、九五年十二月に最終報告書を出し、首都機能移転は、いよいよ具体的な詰めの段階に差しかかったわけです。

二〇一〇年に国会開会

Question国会等移転調査会の最終報告の
内容を教えてください。

Answer最終報告は、「移転先地の選定基準」として、次の九項目を挙げています。

 (1)日本列島上の位置は、各地からのアクセスに大きな不均衡が生じる場所だと問題。(2)東京と距離を置きつつ連携できる場所で、東京との距離は六〇キロ〜三〇〇キロ程度が適当。(3)今後十数年以内に供用開始が見込まれる国際空港が確保できる。(4)広大な用地(初期二〇〇〇ヘクタール、最大九〇〇〇ヘクタール程度)の迅速で円滑な取得ができる。(5)地震などの壊滅的な災害に対する安全性。(6)その他の自然災害に対する安全性。(7)地形などの良好性。(8)水の供給の安定性。(9)既存都市との適切な距離(政令指定都市級の大都市圏からは距離を置く)。

 ただし、東京からおおむね三〇〇キロを超える場所でも、きわめて優れた長所があれば検討の対象に加えるとしています。

 今後のスケジュールについては、まず専門的で中立的な選定機関を設置し、これが移転候補地を選んで国会に報告。これを受けて国会が法律によって移転先を決定します。ここまでのめどが九七年末。その後二〇〇〇年末までをめどに新首都の建設を開始。二〇一〇年をめどに新首都で国会を開くとしています。

Question新しい首都は
どんな街になるのですか?

Answer最終報告によると、人口規模は約六〇万人程度、開発面積は九〇〇〇ヘクタール程度、どちらも最大で(都市が成熟した段階で)の数字です。

 まずはじめの十年で、国会を中心に人口一〇万人程度、開発面積二〇〇〇ヘクタール程度の「国会都市」を建設します。この都市には国会議事堂、首相官邸、数棟の庁舎、象徴的広場、住宅、宿泊施設などを設置します。

 この国会都市を中心に、人口三万〜一〇万程度の小都市を、数万ヘクタールの圏内に配置します。新しい首都は、大きな都市ひとつではなくて、緑の中に点在するいくつかの小都市が機能を分散し互いに連携する複合都市となります。

 なお、国会開会後は、文化施設、会議・研修施設、レクリエーション施設、商業施設、宿泊施設、大学などの整備を順次進めることになっています。

地方分権とセットで

Questionコストも相当かかると思いますが、
首都機能移転は日本にとって本当に必要でしょうか?

Answerそうですね。ここで首都機能移転の是非を論じる余裕はありませんから、もっとも大切な問題だけを指摘しておきましょう。

 確実にいえることは、「現在の政治・行政システムが、そのまま東京を離れてどこかに移転する」のが首都機能移転ならば、それはまったく無意味であり、やらないほうがよいということです。

 日本の行政システムは、きわめて強固なピラミッド型の中央集権体制になっています。地方都市が何か事業を起こす(たとえば総合運動公園をつくる)というとき、市長や市の幹部がまず考えるのは、事業のためにいかに国の規制を緩和をしてもらうか、そして事業に対していかに国のカネを引き出すかということ。県知事や市長が地元と東京を行ったり来たりしているのは、その陳情のためなのです。地方自治体の東京事務所もそのために置かれ、中央の官僚を接待しています。

 中央官庁は、道路は建設省、鉄道や港湾は運輸省というように縦割りになっています。そして、港湾地域には住宅を建ててはならないといった類いのさまざまな規制と、さまざまな補助金制度をもっています。中央官庁は、このアメとムチを使い分けて、地方をコントロールしています。たとえば、都道府県レベルの土木部長というのは、本来は地方公務員のはずなのに建設省が人事を握っているといった慣行が、平然とおこなわれているのです。

 国会が移転すれば、各省庁も順次移転することになるでしょうが、現在のシステムをそのまま移転すれば、陳情が東京以外の移転先に行くようになるという効果しか期待できません。

 首都機能移転には一四兆円程度の建設費がかかるとされています。これをムダにしないためには、首都機能移転が、中央官庁の規制緩和や行政改革とセットになっていなければなりません。同時に、中央政府が受け持っている仕事の多くを地方自治体に手渡すという地方分権が推進されなければなりません。

 政治でも同じこと。与野党の折衝を高級料亭でおこなうような現在のやり方のままで移転すれば、赤坂の料亭が温泉付きに変わるくらいの意味しかないと思います。むしろ、在京マスコミから距離が置かれるだけ、密室政治がはびこるかもしれないのです。

もっと国民的な議論を

Question首都機能移転はあまりに唐突で、
話し合いが足りないと思いますが、どうでしょう?

Answerまったく同感です。首都機能移転とは、つまりは「遷都」《せんと》のこと。しかし、一国の都が置かれる場所を変更するというのに、この状況では、国民的な議論が盛り上がっているとはとてもいえません。国会も政府もマスコミも、首都機能移転問題を積極的に取り上げ、国民的な議論を盛り上げる必要があります。

 現在、移転先として候補に上がっている場所は十数か所ありますが、あと一年半で二つ三つに絞り込むには、あまりに議論が不足しています。というより、地元が誘致に名乗りを上げている以外、議論に必要な情報があまりに少ないことが問題でしょう。

 最終報告書の選定基準や専門家の見方を総合すると、本命候補地は一つか二つに絞られるという話もあります。そうした場所では、すでに土地買い占めが始まっているともいわれます。首都機能移転は、土建屋や不動産屋だけがもうかる事業では、ダメなのです。オープンな議論を盛り上げ、おかしな土地投機は社会全体でチェックする必要があります。

 土地投機については、開発地の私的売買を禁止し、国が土地を買い上げて土地債券を発行するといった制度が提案されています。選定基準に「地価が高騰している場所は移転先からはずす」という一項を設けるというアイデアもあります。

 そんな具体的な議論と同時に、では国会に続いてどんな官庁を移転するか、その官庁はそもそも必要なのか、規制緩和し地方分権を進めてスリム化が必要ではないかという、もっとも大事な議論を盛り上げなければなりません。

 それは、日本の官僚制度を根本的に見直すことであり、縦割り行政と密着して成長した業界秩序を見直すことにつながります。その見直しには、日本の将来がかかっているといっても過言ではないと思います。

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