更新:2008年8月6日
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集団的自衛権

●初出:月刊『潮』1996年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近、ニュースや新聞記事で「集団的自衛権」という言葉を
よく見かけます。どんな意味ですか?

Answerある国が、外国から不法な武力攻撃を受けたとき、自国の権益を守るためにこれを排撃することを「自衛」といいます。そして、国際法上は、緊急でやむをえず、必要な限度を越えない自衛は、合法であるとみなされています。

 つまり、国際社会では、どの国にも「自衛権」が認められているのです。

 こうした考え方は、二十世紀に入って初めて登場しました。第一次世界大戦が終わると、国際連盟規約や不戦条約によって、戦争は違法なものとして制限されるようになります。同時に、合法的な戦争は自衛のための戦争だけで、それをおこなう権利はどの国にもあるという考え方が広まったわけです。

 この考え方は、第二次世界大戦後に発足した国際連合にも受け継がれ、国連憲章第五十一条に「個別的自衛権」として認められています。

 一方「集団的自衛権」とは、ある国と密接な関係を持つ他国が第三国から攻撃されたとき、武力攻撃を直接に受けない場合でも、他国への攻撃を自国が攻撃を受けたものとみなして第三国に反撃することのできる権利をいいます。

 集団的自衛権は、第二次大戦後の集団的安全保障体制のカギとなる考え方で、やはり国連憲章第五十一条に認められています。米英仏など西側の同盟を規定した北大西洋条約や、ソ連を中心とする東側の同盟を規定したワルシャワ条約は、この考え方を基本としたものでした。

集団的自衛権は憲法違反?

Question個別的自衛権と集団的自衛権は、
日本ではどのように考えられているのですか?

Answer第二次世界大戦に敗れた日本は、新しい憲法を掲げる平和国家として再出発しました。憲法第九条には、こう書いてあります。

「(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。

 (2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権はこれを認めない。」

 現在の日本では、(1)は侵略戦争を放棄したのであって、独立国家が当然有している自衛権を放棄したわけではない、という考え方が主流を占めています。また、(2)は、侵略戦争をおこないうる戦力はこれを保持しないという規定であって、自衛のための戦力である自衛隊の存在はこの規定と矛盾しない、と考えられています。

 つまり日本では、個別的自衛権は国の固有の権利であると考えられており、その権利を行使するために自衛隊が置かれています。もちろん異論はありますが、個別的自衛権の行使も、自衛隊の存在も、一応合憲であるとされているのです。

 しかし、集団的自衛権については、日本国政府は、「日本も集団的自衛権を有しているが、憲法第九条(1)の規定上、その権利の行使は許されない」と解釈しています。

 「憲法第九条のもとで許容される自衛権の行使は、わが国自身を防衛するため必要最小限度に範囲にとどまるべきもの」(一九八一年政府答弁書)であり、集団的自衛権の行使は最小限度の範囲を越えて憲法違反につながるという考え方です。

 日米安全保障条約についても、同じように考えられており、たとえばアメリカが第三国から攻撃されても、日本はただちに反撃したりはしません。

 ただし、在日米軍が攻撃された場合は、それは同時に日本の領土、領空、領海への攻撃となるから、固有の自衛権によって共同の反撃をするというのです。その場合でも、あくまで集団的自衛権による反撃ではないという、大変もってまわった言い方をしています。

 ところが日米安保条約では、アメリカは、日本が攻撃されれば集団的自衛権を行使してただちに反撃することになっています。アメリカと日本では、集団的自衛権をめぐる考え方に大きなズレがあるわけです。

再検討の背景

Questionこのところ「集団的自衛権」をめぐる論議が
盛り上がってきたのは、なぜですか?

Answer第一に、ソ連が崩壊し冷戦が終結して、日米安全保障条約の存在意義が改めて問われているという背景があります。アメリカでは、日本を守ってやるだけの日米安保条約など解消してしまえ、という極論まで登場しています。

 しかし、日本が、アメリカとの親密な関係なしに生きていけるとは思えません。ならばこの際、集団的自衛権も含めて日米安保条約を見直し、新しい日米関係を構築し直すべきではないか、という考え方が広がりつつあります。

 第二に、日本の政治情勢も大きく変わりました。社会党が自衛隊違憲から合憲へ、さらに日米安保反対から堅持へと方向転換したように、戦後長く続いた「何でも反対論」は姿を消し、戦後五十年間タナ上げにしてきた問題を、ここで抜本的に見直そうではないかという気運が生じています。

 第三に、集団的自衛権をめぐる論議の直接的なきっかけとして、最近の緊迫したアジア情勢があります。

 金正日指導下の北朝鮮は、食糧難など体制を揺るがしかねない問題を抱えながら、国際社会の中で孤立を深めています。中国の核実験強行や台湾近海へのミサイル実射なども、明らかな武力による威嚇《いかく》であり、アジアの国ぐににとって大きな脅威となっています。

 一九九四年春、核疑惑で朝鮮半島に緊張が走ったとき、アメリカは日本に掃海艇派遣の検討を要請しました。日本は集団的自衛権の行使に抵触するとしてこれを断りましたが、同じような事態が今後も起こるかもしれず、朝鮮半島からの邦人救出が必要となる場面さえ、ありえないこととは断言できません。

 万一そうなっても、現状では、朝鮮半島に出動した米軍艦艇の燃料補給を自衛隊がおこなうことすら、憲法上許されないとされています。それでよいのだろうかという議論は、あって当然だと思います。

時間をかけて議論を

Question集団的自衛権をめぐる問題は、
今後どのように推移するでしょうか?

Answer日本政府は、自衛隊と米軍の間で物資や役務を互いに融通できるようにする「物品役務融通協定」(ACSA)を、四月のクリントン大統領の訪日時に締結する予定です。

 防衛庁と米国防総省および在日米軍の調整の結果、自衛隊と米軍は、平時の日米共同訓練や国連平和維持活動(PKO)の際に、物資や修理業務など各種の役務を融通し合うことが決まっています。

 アメリカ側は、在日米軍が単独で訓練する場合にも自衛隊基地で修理などを依頼できるように、ACSAの適用範囲を広げるよう要請していますが、これについては、慎重に検討中。米軍が「単独訓練」の名目で武力による威嚇をおこなうことも想定されるからです。

 極東地域で戦争や紛争が起こり、しかも日本が直接攻撃を受けない場合は、現在の政府解釈の通り、自衛隊が米軍に物資補給などすれば憲法違反となるとしています。官僚に決められるのはこのあたりまでで、そこから先は、政治家がリーダーシップを発揮すべきです。

 集団的自衛権をめぐる問題は、私たちの憲法にかかわり、日米関係にも影響を与えるきわめて重大な問題です。

 防衛庁、自衛隊や在日米軍についての情報公開もまったく進んでいませんし、結論をうんぬんするほど期は熟していません。時間をかけて国民全体で議論を続けるべきだと思います。

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