更新:2006年9月30日
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六十五歳定年

●初出:月刊『潮』2004年5月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

現在は六十歳定年制

Question定年が六十五歳に引き上げられるそうですね。
どういうことですか?

Answer労働者が定められた年齢に達すると、その人の働く能力や意思とは無関係に、その年齢になったことだけを理由として企業との労働契約がなくなる(会社を辞めなければならない)制度を、「定年制」といいます。

 定年制の歴史は古く、日本では封建時代にあった武士の隠居制度(退隠制度)にさかのぼるといわれています。戦前の軍隊にも定年制(「停年制」と書きましたが同じことです)があり、近代日本の会社や役所でも規則や慣行として定着しました。1933年(昭和8年)の336社を対象とした内務省調査によると、定年制を設けている企業は42%の140社。うち五十歳が60%弱、五十五歳が35%でした。

 戦後は大企業を中心に五十五歳定年制が復活し、1960年代後半から中小企業にも定年制を導入する気運が強まります。1954年に厚生年金の支給開始年齢が五十五歳から六十歳に繰り延べられたことや、急速な技術革新や合理化で中高年労働者の雇用不安が深刻化したことを背景に、定年延長や再雇用促進が求められ、定年年齢も五十五歳から六十歳中心へと移ってきました、労働省の調査によれば、従業員30人以上の企業で定年制を採用する企業は、1970年の6割台から80年代には9割近くに増加しています。

 こうして現在では、高年齢者雇用安定法の第八条で「事業主がその雇用する労働者の定年(以下単に『定年』という。)の定めをする場合には、当該定年は、六十歳を下回ることができない」とされ、六十歳定年制が定着しています。

 ところが、2003年10月、公的年金の支給開始年齢が段階的に六十五歳へ引き上げられることに関連して、坂口力・厚生労働大臣が「企業に六十五歳定年を義務づける」と発言。さらに政府は、六十五歳までの段階的な定年延長や再雇用を民間企業に義務づける高年齢者雇用安定法の改正案を今国会に提出しました。これが成立すれば、六十五歳定年制導入へのレールが敷かれることになります。

段階的な激変緩和策

Question高年齢者雇用安定法の改正案の中身は、
どのようなものですか?

Answer現在の高年齢者雇用安定法は、第九条で「定年(六十五歳未満のものに限る。)の定めをしている事

業主は、当該定年の引上げ、継続雇用制度の導入又は改善その他の当該高年齢者の六十五歳までの安定した雇用の確保を図るために必要な措置を講ずるように努めなければならない」(一部注釈略)と書くように、六十五歳定年制の導入を企業の「努力目標」と位置づけています。

 今回の改正では、この「努力目標」を「義務」に格上げします。ただし、来年4月からいきなり導入というような規定ではありません。改正案では、2006年度から雇用延長を義務づける上限年齢を段階的に引き上げ、2013年4月以降に六十五歳とします。これは定年の引き上げでなく、再雇用など継続雇用制度の導入で対応してもかまいません。なお、労使協定を結べば継続雇用の対象者を絞ることができるとされています。

 実は、厚生労働大臣が六十五歳定年を打ち上げたとき、経済界には非常に大きな衝撃が走りました。日本経団連の奥田碩会長は直後に、「人件費増など企業経営への影響が大きすぎる」「若年者がますます閉め出されてしまう」「企業は実情に応じて個別に対応している」などと述べ、「六十歳以降の安心確保の費用を、もっぱら企業に押しつけるのか」と強い調子で反論しています。

 バブル経済崩壊以降、企業はリストラや合理化を重ね、総人件費の抑制や成果主義の導入を推進してきました。年金の支給が先延ばしになるからその間を埋めてくれといわれても、ただちには受け入れられないという立場です。今回の改正案は、そんな企業経営側の立場にも配慮した激変緩和策といえるでしょう。

六十歳すぎの再雇用の現状は

Question経団連会長のいう、企業の個別の対応とは、
どんなことでしょう?

Answerすでに従業員30人以上の企業の7割以上が、六十五歳まで働くことができる再雇用制度を何らかの形で導入しています。大企業の実例をいくつか挙げておきましょう。

 日本生命保険は、営業職の希望者について会社が認めれば六十五歳まで定年延長。松下電器産業は、希望者を1年契約の嘱託社員として六十五歳まで再雇用。日立製作所は、希望者を対象に年金が満額支給されるまで1年ごとの契約更新で再雇用。キヤノンは、六十三歳まで1年ごとの契約更新で再雇用。トヨタ自動車は、技能系社員を対象に六十三歳まで再雇用。ホンダは、希望者を1年ごとの契約更新で六十五歳まで再雇用。JTは、就業規則の基準を満たした退職者を六十五歳まで雇用。NTT東西は、五十一歳から雇用継続か退職かを選択し、外部委託会社に再雇用された場合は六十五歳まで雇用するが、給与は15〜30%減額、といった具合です。

 もっとも以上は誰でも名前を知っているような日本を代表する企業の例。希望者全員を受け入れているのは全体の3割に満たないといわれ、再雇用の採用基準があいまいな企業も少なくありません。まして、中小企業で労働者が満足できる再雇用制度を備えているところは、そう多くありません。

 企業側としては、技術革新に対応し経営活動を活性化させる必要から、なるべく高年齢従業員の割合を押さえて若い人を採用したいと考えます。ある年齢以上になると仕事ができなくなることも少なくないのに、給料は少しずつ増えるのが普通ですから、なおさらです。企業が求めない人材も含めて定年後の就業希望者を全員再雇用すれば、若年者や、子育てが終わって働こうとしている女性などの雇用機会を奪いかねず、それは一部の労働者の既得権益を守るだけで労働者全体の公平につながらないという見方もあります。そこで企業経営側は、定年制度のような基本的な労働条件については、企業の実情に合わせて各社の判断に任せてほしいと主張しているわけです。

未曾有の高齢化に備える必要

Questionでも高齢化、少子化が進む世の中でしょう。
定年を引き上げることは避けられないのでは?

Answerその通りです。日本では先進諸国でも例のない、言い換えれば人類がいまだ経験したことのない急速な高齢化が進んでいます。

 日本の全人口に占める高齢人口(六十五歳以上)の割合は、2000年の17・4%から2025年前後の28・7%へと上昇し、その時点でおそらく世界最高の水準になると推定されています。10%から20%になるまでの期間はたった21年で、ほかのすべての先進国(もっとも短くて41年)の2倍から3倍以上の猛スピード。高齢人口の割合はその後も上昇を続け、半世紀後の2054年頃に36%のピークに達する見込みです。

 ですから今回の法律改正は「年金の空白期間を埋めるための定年延長や再雇用促進」とされていますが、日本の高齢化・少子化は、そのような当面の課題をクリアすればすむ問題とは、とても思えません。

 たとえば、ムダな医療費を抑え、予防医療をもっと重視する方向に転換すべきでしょう。高齢労働力の受け入れ先は企業だけでは足りず、役所や学校その他の施設で、あるいは農業や林業や漁業で雇用を支えることも考えたほうがよさそうです。全体の寿命が延びているのだから、教育期間も延長したほうがよいかもしれません。日本の高齢化には、「六十五歳定年」導入に留まらない長期的な戦略が必要なのです。

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