更新:2006年9月30日
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ユビキタス

●初出:月刊『潮』2003年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

ユビキタスとは?

Question最近よく「ユビキタス」という言葉を見聞きします。
どういう意味ですか?

Answerユビキタス(ubiquitous)は、もとはラテン語で「あらゆるところに存在する」(遍在する)という意味。とくに「神はいつでもどこにもいる」というとき使う言葉でした。蛇足《だそく》ですが、日本語では「へんざい」と読む言葉に遍在(あまねくある)と偏在(かたよってある)があり、字は似ていても正反対の意味なのでご注意を。

このユビキタスという言葉をコンピュータの世界で最初に使ったのは、米ゼロックス・パロアルト・リサーチセンターのマーク・ワイザー博士(故人)。博士は「サイエンティフィック・アメリカン」誌1991年9月号に「ユビキタス・コンピューティング」という概念を紹介する論文を書いています。その主張を要約しておきましょう。

 「将来のコンピュータは、いつでもどこにでもあるコンピュータとして、生活に溶け込んでいくだろう。現在のように表に出るかたちでなく、コンピュータは人びとがその場所や存在を意識しないようなかたちで裏に隠れる。一つの部屋に何百ものコンピュータがあり、有線や無線のネットワークで互いに接続されるようになる。このシステムがあらゆる面で、主役である人間をサポートする」

 これが提唱者の考えていたユビキタス・コンピュータ。別に「ユビキタス・コンピュータ」という名前の新しいマシンが登場してくるわけではありません。いろいろなものにコンピュータを組み込めば人間にとって望ましい「環境」が生まれる。この新しい世界を「ユビキタス」と呼んで推進しようという話です。日本でも東大の坂村健教授が、「どこでもコンピュータ」や「超機能分散システム」という言葉で、同じような概念を提唱しています。

 なお、いまの日本では、以上のようなオリジナルの「ユビキタス」を、異なる意味に使うことが多いのですが、これについては後で触れます。

あらゆるところにコンピュータ

Question具体的な例をあげて
説明してください。

Answerたとえば、オフィスで働く人がコンピュータ(の小チップ。チップは集積回路[を載せた部品]のこと)を組み込んだバッジをつけます。これは着ける人の認識信号(赤外線信号)を出すので、誰がどこにいるかわかります。

 誰かに電話がかかってくれば、コンピュータがいちばん近い受話器を鳴らします。ドアにコンピュータを組み込んでおけば、ドアが誰が立っているか認識し、入室権限をもつ人のときだけ開きます。エアコンや照明にコンピュータを組み込んでおけば、部屋に入ってきた人に応じて、エアコンが働き照明が変化します。最初に登録が必要ですが、その後はカギを差し込んだり、壁のスイッチを押したり、コントローラーを調節したりせずに済むのです。

 あるいは簡易型のコンピュータチップを商品につけます。客が商品をレジに通すとコンピュータが金額を集計し銀行から引き落とします。買ってきた食品を冷蔵庫に入れると、ある日の夕方「××はあと2日で賞味期限切れ」と冷蔵庫が教えてくれたりもします。不燃ゴミを燃えるゴミ用のゴミ箱に捨てたら、ゴミ箱に「これは燃えません」と叱られるかもしれません。

 SFみたいな夢物語と思う人が多いかもしれませんが、原理的・技術的には可能な話。オフィスの例はゼロックスの研究所で実験済みですし、商品の例はコンピュータチップが量産化で1個10円や5円といった価格になれば、現実味を帯びてきます。

すでに身の回りのものに入っているが

Questionいまあるパソコンとはずいぶん違いますが、
同じコンピュータの話なんですか?

Answer「ユビキタス」を提唱したワイザー博士はコンピュータの時代区分を、(1)メインフレーム(大型〜中型コンピュータ)、(2)パソコン、(3)インターネット、(4)ユビキタス・コンピューティングの四段階に分けています。

 (1)は多数の人が1台のコンピュータを共有する段階。(2)は1人が1台のコンピュータを専有する段階。(3)は、(1)と(2)がネットワーク化された段階で現在がそうですが、博士はこれを「過渡期」と断言。(4)は、多数のコンピュータが私たち一人ひとりを共有する段階だといいます。

 コンピュータといえば、大型コンピュータやパソコンを連想するのが普通ですが、実はコンピュータはすでに、私たちの身の回りにあるさまざまなものに組み込まれています。

 携帯電話、FAX、コピー機、テレビ、ラジオ、携帯用CD・MDプレーヤー、エアコン、洗濯機などには、「マイクロ・プロセッサ」と呼ばれる小型コンピュータが入っています。パソコン本体にも「頭脳」としてマイクロ・プロセッサが入っており、1個3万円とか1万円という値段で大きさは数センチ角。ところが家電製品に入れるものは、機能が限定されるため安く小さくできます。1個100円で大きさも数ミリ角という具合。それでもコンピュータには違いないのです。

 いま家庭にある情報家電に小型コンピュータが入っているなら、それに電池と発信装置をつけてネットワーク化し、壁や机や本などにも組み込んで何百個と増やすというのは、そう突飛な考え方ではありません。

 もっとも、原理的・技術的にできることと現実に普及することは、まったく別の話。膨大なコスト(価格)やメンテナンス(保守)の手間などを考えれば、壁には照明スイッチが必要ですし、店にはレジ係が必要です。当分の間は夢物語と思っていたほうがいいでしょう。

 ユビキタスの根本には、「人がコンピュータに合わせなければならない」(たとえばボタンが100個以上ついた奇妙な板から命令を打ち込む必要がある)のは人間無視でおかしいという発想があります。同じ発想で「なぜ自分の居場所を特定されなければならないのか。余計なお世話だ」という考え方が出てきて当然。ユビキタスは人間を管理統制する「危険な技術」にすぐ転換できることを、忘れてはなりません。

日本ではネットワークの意味に

Question「ユビキタス」が、日本では
オリジナルとは異なる意味で使われているというのは?

Answer日本では、ワイザー博士の「ユビキタス」という言葉だけを輸入し、「ユビキタス・ネットワーク」というものが提唱されています。

 これは「パソコン、携帯電話、情報家電などをネットワークでつなぎ、いつでもどこでも接続できるようにする」こと。たとえば、帰宅前に携帯電話を使ってエアコンを作動させ、風呂を沸かし、ビデオを予約するわけです。メーカーはインターネットにつながる冷蔵庫や電子レンジと光ファイバーを接続し、携帯電話から操作する大規模実験を始めています。

 つまり、最近はやりのブロードバンド――パソコンをインターネットに常時接続する延長上で、いろいろなサービスができるという話。国の「e-Japan重点計画」にも「すべての機器が端末化する遍在的なネットワークへの進化を目指す」とあり、マスコミのいう「ユビキタス」はこちらを指す場合のほうが多いようです。

 その最大の問題点は、本来の「ユビキタス」にあったパソコンの使いにくさ解消という狙いが後退し、いまあるパソコンを光ファイバーでつなげばいいという「箱モノ至上主義」的インフラ整備が強調されがちなこと。国の報告書の経済効果何兆円などという話は、眉唾《まゆつば》と考えるのが正解です。

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