更新:2008年8月16日
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ウルグアイ・ラウンド

●初出:月刊『潮』1990年9月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

ガットとは?

Question一九九〇年七月のヒューストン・サミット(先進国首脳会議)で出された経済宣言に「ウルグアイ・ラウンドの年内終結を確認する」とありましたね。ウルグアイ・ラウンドとはなんですか?

Answerそうですね。ウルグアイ・ラウンドについてお話する前にガット(GATT)というものを説明しておいたほうがよいでしょう。

 ガットはGneral Agreement on Tariffs andTradeの略語で、日本語に訳すと「関税・貿易一般協定」となります。これは一九四七年に主要二三か国が調印した協定で、日本は五五年に加盟。現在では九六か国が加盟し、中国やソ連など約六〇か国がオブザーバーとして参加しています。なお、ガットは「ガット一一条」というように協定そのものを指す場合と、同協定に沿った国際機構的な存在(会議や紛争処理の場。本部はジュネーブ)を指す場合とがあります。

 ガットは、一九三〇年代の世界大恐慌のとき各国が高率の関税や輸入割当制度など貿易制限措置を競って導入、結果、世界の貿易量が激減し経済のブロック化を招いて、これが第二次世界大戦の一因ともなったことへの反省から生まれました。その目的は「貿易により各国の生活水準を高め、完全雇用を実現し、世界の資源をできる限り活用する」ために「関税その他の貿易障壁を取り除き、差別待遇を撤廃して、自由で平等な国際貿易を促進する」(以上、協定の前文より)ことにあります。

ウルグアイ・ラウンドとは?

Questionガットとウルグアイ・ラウンドは、
どのような関係にあるのですか?

Answerはい。ガットは、現在までに八回の多国間貿易交渉(多角的貿易交渉)をおこなってきました。これは一般関税交渉とも呼ばれ、数十か国が集まって会議を重ね、貿易の自由化にむけて関税引き下げなどの取り決めをするというものです。

 たとえば、第六回の交渉は六四年から六七年まで続けられ、提唱したのが米国のケネディ大統領だったので「ケネディ・ラウンド」と呼ばれています。第七回は七三年に東京で開催されたガット閣僚会議から始まったので「東京ラウンド」と呼ばれます。このときはオイルショックで世界経済が大混乱したため交渉は難航し、七九年にようやく終結しました。ラウンドは「一続き」の意味で、一連の交渉の始めから終わりまでを指しています。そして、いま交渉中の第八回は、八六年九月南米ウルグアイで開かれたガット閣僚会議から始まりました。これが「ウルグアイ・ラウンド」で、今年中に交渉を終了する予定です。

サービス貿易も対象に秩序づくり

Questionウルグアイ・ラウンドでは、どのような問題が
話し合われているのですか?

Answerスイスのジュネーブでは、一五の交渉グループに分かれて、貿易の自由化を促進する新しいルールづくりが進められています。

 関税の引き下げや非関税障壁の撤廃がテーマだった過去のラウンドと比べて大きく異なるのは、モノの取引に適用されていたガットの原則を、金融や投資、情報や通信、知的所有権、サービスといった新分野を対象に考えていくという点。すでに、モノの取引以外の貿易──サービス貿易は世界の貿易の四分の一近くを占めるといわれますが、この分野の国際秩序はまだ整っていません。コンピュータのソフトウエア(プログラム)など新しいハイテク創作物の保護をめぐるルールも必要です。また、たとえば日本の自動車メーカーが海外に進出した場合、部品の何割かはその国の製品を使わなければならないというローカル・コンテント法が、自由な貿易をさまたげることを防止するルールづくりも課題の一つになっています。

 これらに加えて重要なのは貿易紛争の処理問題。アメリカの包括通商法三〇一条(不公正貿易慣行に対する報復措置を規定)にみられるように、自国中心の一方的な政策(ユニラテラリズムといいます)が横行していますが、日本はこれを批判し多国間での紛争処理を主張しています。新しい紛争処理システムの構築も自由貿易の維持には不可欠なのです。

 さらに最近、とくにヒューストン・サミット以降大きくクローズアップされてきたのは農業問題です。いまや、農業交渉の行方は、ウルグアイ・ラウンド全体の成否を左右するとまで考えられています。

農業交渉が前面に

Question農業では、どんなことが
話し合われているのですか?

Answer国外農産物の輸入規制、国内農業むけの補助金、輸出農産物に出す補助金という三つの問題を中心に交渉がおこなわれています。この農業交渉では、日本、米国、EC(ヨーロッパ共同体)の三者が激しく対立し大きな政治問題となっているのです。まず日本は、農業の保護は必要であり、食料安全保障の立場からコメなどの基礎的食料は輸入規制を認めるべきだと主張しています。米国は、輸入規制を関税に置き換え(関税化)、補助金も削減していくべきとします。ECは、米国のいう農業保護撤廃の主張は受け入れられないとし、補助金も存続させるといっています。

 この問題は、九〇年七月十二日に出されたサミットの経済宣言にも盛り込まれました。同宣言では、「ウルグアイ・ラウンドの成功は国際経済の最優先課題」と強調したうえで、とくに農業に関して、「各国が国内制度、市場参入、輸出補助金といった農業保護の相当程度の漸進的削減をおこなう」と述べています。そしてウルグアイ・ラウンドのドセウ農業交渉議長の案である輸入規制の関税化という方針(米国の主張に近い)を支持しています。一方、日本が主張していた食料安全保障は、「農業交渉は食料安全保障についての関心を考慮する枠組みの中でおこなう」とし、一応わが国の顔を立てた形です。

 しかし、サミットを通じては、「一粒たりともコメは輸入させない」という従来からの日本の立場は、かなり苦しくなったとみるべきでしょう。サミットに先立つ日米首脳会談でブッシュ米大統領がわざわざコメに言及したことをみても、日本にとってこの問題が避けて通れないことは明らかだと思います。

やはりコメ開放は必要

Question日本は、どうすべき
なのでしょうか?

Answer四方を海にかこまれ資源もない日本は、原材料を輸入し、付加価値の高い製品を輸出して生きていかなければならないことは明らかです。ガットを中心とする世界の自由貿易の進展は、第二次大戦後のわが国が今日の経済大国の地位を築くうえでもっとも大きな力となってきましたし、そのことは今後も変わらないでしょう。ガットが掲げる自由貿易の旗印は、いわばわが国の生命線であり、何としても守り抜かなければなりません。

 一方、ガットの理念と現実とのギャップは、近年ますます拡大しつつあります。七〇年代のカラーテレビの輸出秩序維持や自動車の輸出自主規制に始まって、半導体、牛肉・オレンジ、建設と続いた最近の日米交渉にもみられたように、ガットの枠組みを外れた二国間(バイラテラルといいます)交渉で輸入制限を実施することが多くなっています。また、米加自由貿易協定や、九二年に完成されるEC統合など、地域主義的な動きも加速しています。

 そんな時期だけに、わが国としてはぜひともウルグアイ・ラウンドを成功させ、新しい国際経済秩序を構築しなければならないのです。そのためにはある程度の自己犠牲もやむをえません。閉鎖的な市場の象徴となっているコメを自由化することが絶対に必要で、食糧管理法はただちに撤廃すべきです。石油を九九%以上輸入して平気な顔をしていながら、コメだけは自国で生産しなければ安全保障上問題だと言い張るのはまったくナンセンスだと思います。

積極的なリーダーシップを!

Questionでも、日本国内の調整が
大変でしょうね?

Answerしかし、農業交渉に失敗し、ウルグアイ・ラウンド全体のつまずきを招いて、ジャパン・バッシング(日本叩き)にさらされるよりはマシです。またしても外圧によって、国内改革を進めることになりますが、それは仕方ありません。むしろ、よい機会なのですから、コメの自由化を「切り札」としてちらつかせながら、日本みずからが積極的にリーダーシップを握り、ウルグアイ・ラウンドを切り回していく姿勢がほしいと痛感します。いままで、こうした交渉で日本はいつも世界の大勢についていくばかりでしたが、そろそろ世話役に回ってもよいころだと思います。

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