更新:2006年9月30日(つまり準備中です!)
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Vチップ(V-Chip)

●初出:月刊『潮』1998年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Vチップとは?

Question「Vチップ」という言葉を最近よく聞きます。
どういうことか教えてください。

AnswerVチップの「V」はバイオレンス、つまり暴力の頭文字で、「チップ」は集積回路の意味。言葉を補足して強いて訳せば「暴力遮断《しゃだん》回路」となるでしょうか。

 その原理ですが、まずテレビ番組を暴力的すぎる、性的に過激すぎるなどと事前に判定し(これを「格付け」とか「レーティング」といいます)、放送するとき判定を示す信号を電波に乗せて送ります。一方、テレビ受像機側には特別な回路(これがVチップ)を内蔵しておき、特定の信号を受信するとテレビのスイッチが自動的に切れるという仕組みです。

 Vチップは、1993年にカナダで開発されました。開発者サイモン・フレーザー大学ティム・コリングス教授は、モントリオールで学生14人を射殺した犯人のアパートから暴力的なビデオが多数見つかったことから、製作に着手したといいます。カナダで放映される番組にはアメリカ製が多く、ざっと4分の1ともといわれます。その暴力的・性的シーンが子どもに悪影響を与えているのではという懸念も背景にありました。カナダでは実用化試験が重ねられ、Vチップ導入は時間の問題です。

 また、アメリカでも96年に通信法が改正され、Vチップとテレビ番組格付けの導入が決まりました。1998年3月には、FCC(連邦通信委員会)がメーカーに対し、99年7月1日までにテレビ(工場から出荷する13インチ以上のもの)の半数にVチップを内蔵すること、2000年1月1日までにすべてのテレビ(同)にVチップを内蔵することを義務づけています。

 日本では最近、少年犯罪の凶悪化が目立ってきたといわれます。とくに、バタフライ・ナイフで教師を刺し殺したり、警官を襲ったりした少年たちが、ドラマの影響を受けてナイフを入手したと見られることから、「テレビ・バッシング」ともいうべき現象が起こっています。これに海外の動向も影響して、Vチップの導入論が叫ばれはじめたのです。

年齢別格付けは6段階

Question テレビ番組の格付けについて、
もっと詳しく教えてください。

AnswerアメリカではVチップの導入に先駆けて、すでに番組の格付けが実施されています。格付けは、年齢別と内容別の2本立て。まず年齢別では、次の6クラス。

内容別では、次の5クラス。

 新聞のテレビ欄には、番組名と格付け記号が掲載されますから、テレビにVチップが付いていなくても、これを参考に子どもに見せる番組を決めることができます。Vチップ内蔵テレビでは、親はたとえば「TV−MA」と格付けされた番組が映らないようにとか、年齢別に加え内容別で「S」の番組が映らないようにと、あらかじめボタンで設定します。すると、その格付けの番組はカットされ、親が外出していても子どもは見ることができません。子どもが寝静まってから親が成人むけ番組を見たければ、暗証番号を入力すればよいのです。

 アメリカでは放送局が自主的な組織をつくって格付けしています。これは、陪審員制度に似て、少数民族や離婚家庭などを考慮した一般市民で構成される委員会。決して行政機関や学識経験者が関与するというものではありません。

 なお、放映前に視聴して格付けする時間が必要ですから、ニュースやスポーツ中継といった「生もの」には格付けはありません。

スポンサー降板が続出

QuestionVチップの効果は
どうなんでしょうか?

AnswerVチップ内蔵テレビはまだ普及していませんから、新聞などを通じた格付け効果しかわかりませんが、ドラマの暴力的・性的表現は確かに減ってきました。これは親が子どもに見せないようにしたというより、暴力的とか性的だと格付けされた結果、スポンサーが次々に降りたせいだといわれています。刑事ドラマで、銃撃シーンもセックスシーンもないのに、看護婦が安楽死を手助けしたとか、中絶を行う病院に爆弾が仕掛けられたという物語の過激さから、スポンサーが離れてしまった例もあります。

 一方、番組格付けとは関係ないスポーツ中継や、報道に近い取り上げ方をするため格付けが甘いドキュメンタリー・ジャンルでの暴力的な表現が増えています。

 「格付けを子どもにテレビを見せる参考にする」と答えた親が40%程度にとどまった、というアンケート結果もあります。導入が決まったものの、「表現の自由を侵す検閲にあたる」「親の教育権に対する過度の介入だ」といった批判は根強いのです。

 実用化試験では、1か所でも問題の場面があると番組が切られてしまい、わずらさしさからVチップを使わなくなった家庭が少なくありませんでした。使い方がよくわからないという家庭も続出しました。私たちの周囲でも、VTRは持っているが、面倒な「留守録」機能は使ったことがないという人が多いはず。同じようなことが、Vチップ内蔵テレビに起こる可能性があります。

日本ではどうなる?

Question日本のVチップ論議は
どうなるでしょう?

Answer日本でVチップ導入を叫ぶ声が上がった背景には、「キレる」若者の存在があります。ナイフ事件が続発してからは、テレビがナイフ殺人を教唆《きょうさ》したかのようにすらいわれますね。

 しかし、テレビには、若者たちにナイフを欲しいと思わせる影響力はあっても、人を殺させるような影響力はないというのが、専門家の一致した見方。刑務所で受刑者をグループ分けして、Aグループには暴力的映像を、Bグループにはふつうの映像を見せ続けたが、AがBより暴力的になったことを示す証拠は得られなかった、というようなデータはたくさんあります。暴力的な映像によって「代理満足」を得ているから実際に暴力を振るわなくてすむという側面も、考えに入れる必要があります。

 少年がキレるにはキレる理由があり、殺人には殺人の理由があるのです。Vチップでテレビを切ってしまえば少年はキレないというのは、きわめて短絡的で、しかも問題解決から逃げる無責任な考え方であると思います。

 アメリカがやるから日本もやるべしというのも、社会や文化のあり方を無視した無茶な考え方。アメリカは、かつて禁酒法を導入したことがあり、いまは拳銃所持を合法とする国。マネしないほうがよい場合だってあります。

 とりわけ、自民党や郵政省、文部省、法務省などが声高に叫ぶVチップ導入論は、公的規制の側面が強く、きわめて危険だと思います。

 もっとも、「表現の自由」が大切ならば、ある表現を「見たくない権利」や「見せたくない権利」も守られるべきだという考え方は、十分成り立ちます。そのために情報の「棲み分け」(たとえばお色気番組は深夜に限る)や、保護者への「インフォメーション」(たとえば番組格付け情報を新聞で告知する)は検討の余地がおおいにあります。見るに耐えない低俗番組がテレビに氾濫《はんらん》していることは確かですから。

 いずれにせよ、問題が「表現の自由」に関わる以上、公権力による規制を排除することが大前提。そのうえで、押しつけによるのではない放送界の自主研究と、時間をかけた国民的な議論を重ねる必要があります。

参考リンク

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