更新:2008年8月16日
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割引債(割引金融債)

●初出:月刊『潮』1993年5月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

利息先取り方式の金融債

Question前自民党副総裁の金丸逮捕劇に、ワリシンやワリコーと呼ばれる割引債が
登場しましたね。どういうものか教えてください。

Answerはい。割引債は割引金融債ともいい、金融機関が発行する債券の一種です。まず、債券とは何かという説明から始めましょう。

 債券を辞書的に定義すると、「あらかじめ定められた期日にあらかじめ定められた利息が支払われ、しかも一定期間後に元本《がんぽん》の返済が約束されているような、債務を証明するために発行される有価証券」となります。もっとわかりやすくいうと、たとえば額面一〇〇万円と記入してある証券で、これを購入すれば一定の利息を受け取ることができ、しかも一〇〇万円は後で戻ってくるというものです。

 債券は、民間債と公共債とにわかれ、ひとまとめにして公社債とも呼ばれます。民間債には、会社が資金調達のため発行する一般事業債や転換社債(後で発行会社の株式に転換できる社債)、電力会社が発行する電力債、金融機関が発行する金融債などがあります。また公共債には、国が発行する国債、地方自治体が発行する地方債などがあります。

 ところで、金融債には割引金融債と利付金融債の二種類があります。割引金融債は、額面から利息分を割り引いた金額で購入し、満期時に額面金額で換金するというもの。一方、利付金融債(五年ものの場合)は、額面金額で購入し、半年に一回利息を受け取り、五年後の満期時に額面金額で換金します。つまり割引債は、購入時に利息を受け取る「利息先取り方式」の金融債というわけです。

一年満期で額面一万円から

Question割引債はどこへ行けば
買えるのですか?

Answer割引債は、日本興業銀行、日本長期信用銀行、日本債券信用銀行(以上三つを長期信用銀行三行と呼びます)、東京銀行、商工組合中央金庫、農林中央金庫だけが発行する金融商品です。金融債を発行できる金融機関は特別法によって限定されています。そして、発行元は自分のところの割引債に、ワリコー(興銀)、ワリチョー(長銀)、ワリシン(日債銀)、ワリトー(東銀)、ワリショー(商工中金)、ワリノー(農林中金)という名前をつけています。割引債は、これらの銀行に行けば購入できますが、証券会社でも取り扱っています。手近な証券会社の窓口で、ワリコーなりワシシンなりをくれといえばいいのです。

Question購入金額は
いくらからですか?

Answer割引債の券面金額は、一万円、五万円、一〇万円、五〇万円、一〇〇万円、五〇〇万円、一〇〇〇万円、五〇〇〇万円の八種類ですから、一万円単位で好きなだけ購入できます。売り出し価格は日によって異なりますが、九三(平成五)年三月売り出し分をみると、額面一万円につき三月一日に九七一八円、三月二六日に九七三六円でした。この金額には、あらかじめ税金分(一八%の源泉分離課税で六一円〜五七円)が含まれています。

 割引債の満期は一年と決まっており、三月一日から二六日までに売り出された三月分は、来年三月二五日に償還されます。言い換えれば、この日に割引債を発行元か取り扱い証券会社に持ち込めば、額面通りの現金を受け取ることができます。なお、割引債は一年待たず時価による売却もでき、換金性に優れた金融商品といえます。途中売却の際は、利息の残り日数計算分と有価証券取引税(〇・〇三%)が差し引かれます。

Question利回りは
どうなっていますか?

Answer九三年三月売り出し分は年三・三三二七%で、税引後では年二・七二二%です。たとえば、三月二六日に三〇万一八一六円を払い込むと、来年三月二五日には三一万円が受け取れます。一〇〇〇万八六〇八円を払い込むと、受け取り額は一〇二八万円になります。

 これをほかの金融商品と比べると、銀行のスーパーMMC(一年もの)は税引き後の利回りが年二・七一二%なので、割引債のほうが多少有利。郵便局の定額貯金(一年もの)は税引き後の利回りが一・九二三%なので、割引債のほうがだいぶ有利となります。もっとも、銀行の大口定期預金(預け入れ単位は一〇〇〇万円以上)だと年利四%近く、税引き後でも三%前後ですから、これには劣ります。しかし、一年ものの金融商品のなかでは割引債の利回りはトップクラスといえるでしょう。

金丸は無記名式を悪用

Question金丸信は、ワリシンやワリコーを何十億円も
買っていたようですが、どうして、割引債にしたのでしょう?

Answer“政商”として知られる福島交通の小針暦二会長に勧められたそうです。何十億円かを持っていて一年でなるべく増やしたいというだけなら、銀行の大口定期に預け入れたほうが高い利息がつきます。けれども割引債には、利息がそれより低いことには目をつむっても購入しようと思わせる特徴があるのです。それは「無記名式」という特徴です。

 金融債のうち利付金融債は途中で利息を受け取ると説明しましたね。そのためには銀行に口座を作って受け取るのが普通です。また、大口定期にするときにも、銀行に口座を開き、通帳に印鑑を押さなければなりません。しかし、割引債はこれらと違い、購入の際に割り引きというかたちで利息を受け取ってしまうので、口座を開く必要がありません。

 それどころか、長期信用銀行三行など取り扱い銀行の窓口に、一〇〇〇万円をポンと積めば、銀行は「上様」宛ての計算書とともに、その金額分のワリシンなりワリコーなりを渡してくれるのです。もちろん換金の時も債券だけがあればよく、名前を名乗る必要はありません。

 こうした無記名式という特徴によって、割引債が脱税で得た資金の隠れみのになり、ひいては脱税の温床になっているという声は以前からありました。割引債の額面は最高五〇〇〇万円で、これなら本にはさんでおくことだってできますから、不正資金を隠すには好都合なのです。金丸事務所からは一〇〇キロ以上の金塊が出てきたといわれますね。一〇〇キロの金は時価一億三〇〇〇万円程度。これを保管するのは大変ですが、割引債なら紙三枚ですんでしまいます。東洋信用金庫をめぐる架空預金事件で詐欺罪に問われた大阪の料亭の女将が、資産の一部を割引債で持っていたことも記憶に新しいところです。

無記名式は見直すべきでは?

Question金融機関は、大口顧客の本人確認という手続きを
義務づけられているのではありませんか?

Answerバブルの最盛期には、それはまだやられていませんでした。麻薬資金の洗浄(マネー・ロンダリング)防止のために、金融機関に対して本人確認の徹底が求められるようになったのは、九〇年六月末に出た大蔵省通達からです(実施は九〇年十月から)。この通達では、銀行、証券会社、郵便局、農協などすべての金融機関に、三〇〇〇万円以上を預ける新規の顧客について運転免許証や健康保険証などで本人であることを確認し、仮名・偽名口座の開設を防ぐことを求めています。

 でも、これも資金を三〇〇〇万円以下の“小口”(庶民にとっては大口もいいところですが)に分割されれば、効果はありません。実際、金丸は九一年一月に岡三証券を通して一〇億円相当のワリコーを買ったとき、担当者に三〇〇〇万円以下に分割するよう指示しています。

Question割引債を無記名式にしておかなければならない
理由はなんですか?

Answer債券は発行したときに買われるだけでなく、発行済みの債券が投資対象として売買されます。その転売を円滑に進めるには、債券が匿名性を有していたほうが便利だという理屈はあります。しかし、たとえば長期国債で、窓口に一〇〇〇万円を積めば黙って「上様」宛ての計算書と証券を出すという売り方は、されていません。さまざまな債券が発行され流通しているなかで、割引債だけが“上様販売”を続けなければならない格別の理由はないのです。

 近頃はデパートで領収証をくれと頼んでも、「上様では出せないので、お名前を」といわれます。一〇〇〇万円や二〇〇〇万円のカネと引き換えに割引債を渡して、相手が誰でも問わないというやり方が通用するでしょうか。少なくとも、年収何百万円かでやりくりしている大部分の家庭にとっては、納得できない話です。今回の巨額脱税事件を機会に、割引債の販売方法や本人確認手続きのあり方は、見直されてしかるべきだと思います。

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