更新:2008年8月16日
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ワシントン条約(野生動植物保護)

●初出:月刊『潮』1992年5月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

ワシントン条約とは?

Question先日、京都でワシントン条約締結国会議が開かれた
と聞きました。どういう条約ですか?

Answerはい。ワシントン条約の正式名称は「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」です。一九七二年にストックホルムの国連人間環境会議で条約の早期締結が勧告され、七三年三月に米ワシントンで開催された会議で採択されたので(条約の発効は七五年七月)、一般にはワシントン条約と呼ばれています。

 どういう条約かというと、野生動植物を保護するために、動植物の特定の種について輸出入や輸送を規制するもの。規制の対象になる種は三つの付属書に掲げられており、付属書1は「絶滅のおそれのあるもの」、付属書2は「絶滅のおそれはないが規制を要するもの」、付属書3は「締結国が自国内で規制をおこなう必要があると認め、取引の取締上他の当事国の協力を必要とするもの」のリストです。具体的には、輸出入の際に各国の管理当局が禁輸品目かをどうかを監視し、必要なものには輸出許可証を発行します。その際、科学当局が種の存続を脅かすことがないかどうかの判断を下します。

野生動植物の輸入が多い日本

Question日本も七五年からワシントン条約に
加わっているのですか?

Answerいいえ。わが国は当初から会議に参画しましたが条約の批准はたいへん遅れ、国会が承認し条約が発効したのは八〇年です。というのも、日本は野生動植物の輸入(生きているものや剥製のほか、加工用の皮革、きば、骨、羽毛など)がきわめて多い国で、関係業界の強硬な反対があったから。

 たとえば、ウミガメの一種タイマイの甲羅を髪飾り、櫛《くし》などの装飾品に加工するべっこう細工は、長崎が伝統的産地として有名ですが、日本以外ではほとんど見られません。主としてアフリカゾウのきばを使う象牙彫《ぞうげぼり》は世界中に見られますが、ハンコとして一般家庭にまで普及している国は日本だけ。タイマイやアフリカゾウは年々生息数が急速に減っている希少動物ですが、それによって生計を立てている人もあったわけです。

 ですからワシントン条約批准の際も、水産業界や皮革業界の抵抗によって一一種類の規制が「留保」されました。これは先進国では異例の数で、日本は野生動植物の保護に不熱心という批判の声があがりました。しかし、わが国の経済が発展すればするほど、日本は経済以外でも国際的な義務を果たすべきだという声が強まります。地球環境保護の機運の高まりもあって、日本はワシントン条約締結国会議の招請に初名乗りをあげ、一九九二年三月に京都で開催の運びとなったのです。

アフリカゾウの規制は継続

Question京都の会議ではどのようなテーマが
話し合われたのですか?

Answer会議は、条約締結国一〇三か国の代表と非政府組織(NGO=non-government organization 。海外約二〇か国九〇団体と国内六三団体)の代表が参加し、十二日間にわたって開かれました(NGOはオブザーバー参加)。会議の焦点とされたのはアフリカゾウやクロマグロの取引規制問題です。

 まずアフリカゾウでは、ジンバブエ、ボツワナなど南部アフリカ諸国五カ国がゾウの国際取引の規制緩和を求める提案をおこないました。条約ではアフリカゾウの商業取引は原則として全面禁止です。これらの国は「留保」をつけているので(つまり原則の例外)、取引ができないことはないのですが、国際世論の監視が強いため象牙の取引を停止中です。「だから象牙はこれまで通り取引(輸出)禁止とする。しかし、種の絶滅に結びつかない範囲では、象牙以外のゾウの取引を認めるべきだ。さもないと、自然保護のために必要な資金さえも手に入らない」というのが彼らの主張でした。

 この提案に対して、日本やスイスが理解を示しましたが、他の参加国は絶対反対。ケニアなどゾウのいるアフリカ諸国も、生きたゾウを観光資源として活用する立場から反対。提案国は条約からの脱退をほのめかすなどして強硬でしたが、多勢に無勢、結局提案を撤回しました。

 もっとも、彼らの主張は象牙を除く一般論としては多くの国から理解されたようです。「個体数が安定している野生生物であれば、商取引はその保護にとって有益である」との南側諸国の主張は、議論のすえ採択されました。野生生物に一切手をつけずに保護するのではなく、「持続可能な利用」にポイントが置かれるべきだというのです。

クロマグロの規制は撤回

Questionクロマグロは刺身のトロになる魚でしょう。
どんな議論が交わされたのですか?

Answerスウェーデンが、大西洋のクロマグロは絶滅の危機にあるとし、新たに規制の対象にすべきだと提案したのです。

 わが国は一万八〇〇〇トン(八九年)のクロマグロを消費しており、これは世界で獲れたクロマグロのおよそ六割。クロマグロはトロが多く取れる高級マグロで、東京・築地市場でも一キロ一万円以上というような値段。キハダやメバチなど“庶民的な”マグロの五倍から一〇倍もします。都内の高級料亭ではたった五切れの刺身が数千円だそうです。

 大西洋のクロマグロは日本、アメリカ、カナダの三国が獲っています。西大西洋では日本約七〇〇トン、米加合わせて約一九〇〇トン(うち半分以上を日本が輸入)のクロマグロが水揚げされています。この漁獲高が生物の存続あるいは絶滅に、どの程度関係があるのかは、本当はよくわかりません。近海ものクロマグロの漁獲高が年々減っているのは事実。でも、スウェーデン政府は大西洋のクロマグロを問題にしながら、太平洋については何もいっていません。これも奇妙です。この話はもともと、漁業者と対立するスポーツフィッシング業者が焚きつけたのだという説さえあります。

 これについては、わが国の外務省や水産庁がスウェーデン側に根回し攻勢をかけ、結局スウェーデンが提案を撤回して決着しました。今後は漁獲国が参加する「大西洋マグロ類保存国際条約」で、クロマグロの漁獲量削減と保護強化が進められることになります。日本はスウェーデンの妥協を引き出すために西大西洋におけるクロマグロの漁獲量を五〇%削減すると表明しており、この国際公約は守らざるをおえません。削減量は全体からすればさほどでもありませんが、国内相場が上昇する懸念はあります。また、クロマグロの次はミナミマグロ(これも高級マグロ)、さらに庶民マグロ全体にも漁獲量削減の動きが拡大しないかと、関係者は心配しています。

日本の取り組みには課題も

Questionわが国が野生生物保護に消極的との批判は、
今回の会議によって少しは解消されましたか?

Answerそうですねぇ。わが国の野生生物保護はまだまだ駆け出しという印象はぬぐえませんね。タイマイ(べっこう)の一件では、日本だけが商業取引の全面禁止をいまだに「留保」しているとして、イギリスやNGOから名指しで非難されました。

 アメリカクロクマの取引を新たに規制するというデンマークの提案に初めは賛同していた日本が、規制に反対するアメリカの事情を汲んで棄権に回ったのも評判が悪かったようです。委員会レベルではデンマーク案は僅差で否決され、日本への不信感が高まりました。公に提案への支持を表明しながら土壇場で態度を変える、しかもアメリカに遠慮してというのですから、日本には一貫した独自のポリシーがないと思われて当然です。しかも本会議ではデンマークの規制案が逆転可決されたのですから、日本には大局観がまったくなかったわけです。

 また、水面下でスウエーデン側に根回ししてクロマグロ規制案を撤回させたのは、いかにも日本的なやり方ですが、その場限りの切り抜けという感じもします。NGOからは、発言する機会もないままに二国間で提案を出したり引っ込めたりするのでは、何のための会議かという批判があがっています。

 わが国はこうした批判を真剣に受け止め、野生動植物の保護に対するしっかりしたポリシーを確立して、世界にむけて発言し、必要な施策を実行していくべきでしょう。同時に私たちひとりひとりの野生動植物の保護に対する意識も問われています。私たちはこれだけ豊富な素材に囲まれて暮らしているのです。べっこうや象牙が特別いいものだと考えるのは、いい加減に改めたほうがいいと思いますね。

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