更新:2006年9月30日
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ワークシェア

●初出:月刊『潮』2002年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionニュースに「ワークシェア」という言葉が出てきます。
どういうことですか?

Answerワークは「仕事」で、シェアは「分ける」の意味ですから、合わせれば「仕事の分かち合い」となります。「〜すること」を表すingをつけて「ワークシェアリング」というほうが一般的でしょう。

 景気が悪く失業者が増えるときは、仕事量(社会全体、ある業界、特定の企業などどこで測るかによって話は違いますが)に対して、働き手が多すぎるわけです。ですから、一人あたりの仕事量を減らし、ほかの人と仕事を分かち合うようにすれば、失業者を減らすことができます。これが、ワークシェアリングです。

 日本では2001年7月に完全失業率が5%を突破。現在も5・5%以上と悪い数字を更新し続けています。デフレ(物価安と不況の同時進行)脱却の道筋も見えません。そこで、ここ数年、国、企業、労働組合などがワークシェアリングの研究を進め、本格的に導入する動きも見えてきました。

 厚生労働省が2001年4月にまとめた「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」によれば、ワークシェアリングは、その目的から次の四つのタイプに分類できます。

 第一が「雇用維持型(緊急避難型)」で、一時的な不況を乗り切るため、緊急避難的に従業員一人あたりの労働時間を減らし、社内でより多くの雇用を維持するもの。これは一企業内の従業員同士が仕事を分かち合います。

 第二が「雇用維持型(中高年対策型)」で、中高年層の雇用を維持するために、中高年層の従業員一人あたりの労働時間を減らすもの。第一のタイプと似ていますが、一企業内でリストラの対象となりやすい年齢層の従業員同士が仕事を分かち合います。

 第三が「雇用創出型」で、失業者に新たな仕事を提供するために、国や企業単位で労働時間を減らすもの。これは勤労者と失業者とが仕事を分かち合います。

 第四が「多様就業対応型」で、正社員一人あたりの労働時間を減らし、女性や高齢者などの雇用の機会を増やすもの。これは勤労者と、潜在的な労働力である女性や高齢者とが仕事を分かち合います。

ヨーロッパでは1980年代から

Question四つのタイプの実例を
教えてください。

Answer「雇用維持型(緊急避難型)」の例としてよく紹介されるのは、1993年12月にドイツの自動車メーカー・フォルクスワーゲン社が労使間で合意した雇用保障協定。94年1月から労働時間を週28・8時間(週4日勤務)に短縮。その代わり95年いっぱいは経営上の理由による解雇をしないという取り決めでした。賃金は年収ベースで十数lの減収となりましたが、同社の給与水準は他社と比べて高かったため合意が成立したといわれます。

 「雇用維持型(中高年対策型)」は、国内の企業が、定年延長や定年退職者の再雇用など、60歳以降の雇用延長対策として導入している例が少なくありません。

 「雇用創出型」は、フランスが1980年代のはじめから取り組みました。最近では「35時間法」という法律によって、従業員21人以上のすべての企業は2000年1月から(20人以下の企業は2002年から)週35時間制に移行するよう労使交渉を誘導しています。

 その見返りとして政府は、6%以上の新規採用をした企業について5年間、雇用を維持をした企業について3年間、社会保障負担を減額するという助成をしています。

 「多様就業対応型」は、1985年の失業率8・3%から98年に4・2%へと下げ「ダッチ・ミラクル」(オランダの奇跡)といわれたオランダの例が有名です。

 オランダ政府は、フルタイム労働者の労働時間を減らす一方、パートタイム労働者の社会保障の整備、全雇用者への最低賃金制の導入、フルタイム・パート労働者の均等取り扱いなどの政策を実施し、パートタイム雇用が増大。労働者に占める比率では79年の16・6%が97年36・9%に増え、雇用者数でも88年から97年までに40・8%の伸びを示しました。パートタイムの4分の3は女性です。

「雇用創出型」は可能性が低い

Question日本でワークシェアリングが本格化するとしたら、
どのタイプが導入されるでしょう?

Answerとりあえず導入される気配がないのは、三つめの「雇用創出型」です。

 理由は、日本の失業率がヨーロッパ諸国がワークシェアリングを目指した当時(失業率2ケタ近く)ほど悪くないから。これは流通・土木など中小・零細企業と、政府・自治体など公的部門が、雇用を吸収しているからです。また、労働者の企業への帰属意識が強い日本では、労働時間を減らして社外の失業者を救済するという発想になりにくいのです。「基本給+諸手当て+賞与(基本給をもとに計算)」が給料で、時間給(労働時間1時間あたり賃金いくら)という概念が不明確なことも、労働時間の短縮で新規雇用を創出しにくい理由の一つです。

 導入されるとすれば「雇用維持型」か「多様就業対応型」ですが、いずれの場合も企業単位で導入され、業界全体や国全体を巻き込むかたちにはならないでしょう。

 「雇用維持型」は、失業者こそは増えませんが新規雇用を生み出すわけではなく、その意味では消極的なワークシェアリングです。「多様就業対応型」は新規雇用を生み出しますが、オランダが実施したようなパートタイム労働者の保護策を同時に導入しなければ、ただ社外の安い労働力を使い捨てる結果になりかねません。

実現にはさまざまな課題も

Questionワークシェアリングを導入する場合、
どんなことが課題になりますか?

Answer労働時間を減らして雇用を維持または増大させれば、賃金の低下は避けられません。フランスのように政府が助成しても、そのもとは国民が納めた税金ですから賃金は減ります。仕事の分かち合いは負担の分かち合いである以上、ワークシェアリングの目的や効果について労使間で十分議論し、合意する必要があります。

 また、前にも説明したように日本では労働時間と賃金の関係が不明確ですから、ワークシェアリングを導入するときは、これをハッキリさせる必要があります。残業代がつかないサービス残業や未消化の有給休暇などがあるのに、労働時間の短縮というのもおかしな話です。

 ワークシェアリングは、導入しやすい(導入の効果が出やすい)職種と導入しにくい職種があるとされています。一般に時間単位で勤務し定型的な業務を繰り返すことが多い生産・現業職や事務職に向き、創造性や判断力が重視される専門・技術・研究職や管理職には向かないというのです。しかし、導入しやすい職種だけで始めれば負担の押しつけになりますから、職種による差の解消は大きな課題です。

 ワークシェアリングと生産性の両立も難しい問題です。たとえば、下請け・部品メーカーと協力して在庫を極力減らす「ジャスト・イン・タイム方式」を採用している生産工場では、自分のところだけが労働時間を短縮することは困難。熟練工が活躍する工場などでも、生産性が低下してしまう恐れがあります。

 仕事の分かち合いという精神はよくても、実現するのはそう容易ではありません。

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