更新:2008年8月6日
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WTO(世界貿易機関)提訴

●初出:月刊『潮』1995年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近、ニュースでWTOという言葉を見聞きします。
どういうことですか?

Answerはい。WTOは「世界貿易機関」の略語です一九九六年一月一日に発足した国際機関で、本部はジュネーブにあります。

 皆さんはガット(GATT)やガット・ウルグアイ・ラウンドという言葉を耳にしたことがあると思います。WTOはガットに代わって、新しく世界貿易の自由化や秩序維持を担う機関なのです。まずガットについて触れ、WTOが誕生したいきさつを説明することにしましょう。

 「ガット」を貿易について話し合う国際機関の名前と思っている人が多いようですが、実はガットは「関税と貿易に関する一般協定」という名の協定、つまり各国が交わした約束やルールを意味します。この協定は、一九三〇年代の世界大恐慌をきっかけに、各国が高い関税や輸入制限など保護主義的な貿易政策を進め、世界の貿易量が激減し経済のブロック化を招いて、第二次世界大戦へ突入していった歴史への反省から生まれました。一九四七年に主要二三か国が調印し、同協定をめぐる話し合いもガットと呼ばれるようになりました。

 ガットは、過去八回の多角的貿易交渉をおこなっています。これは数十か国が集まって会議を重ね、貿易の自由化にむけて関税引き下げなどを取り決めるもの。交渉の始まりから終わりまでをラウンドといい、第六回は「ケネディ・ラウンド」、第七回は「東京ラウンド」と呼ばれました。第八回が八六年に南米ウルグアイで開かれたガット閣僚会議から始まった「ウルグアイ・ラウンド」です。これは前例がない足かけ八年という長丁場の交渉となり、九四年四月にようやく決着しました。

 ウルグアイ・ラウンドは、「もの」の取引に関する関税引き下げや非関税障壁撤廃がテーマだった過去のラウンドと異なり、金融や投資、情報や通信、知的所有権、サービスといった新しい分野での貿易ルールづくりが話し合われました。農業交渉もたいへん難航しました。交渉の過程で、貿易紛争の新しい処理システムが必要であるという声が強まりました。同時に、ソ連・東欧圏の崩壊、先進諸国の成長頭打ち、アジア諸国の台頭、南北問題や環境問題といった新しい世界的な問題が噴出してきました。

 そこで各国は、この際、新しいルールに基づいて世界の貿易に取り組む機関をつくろうと意見が一致したのです。九四年四月には、モロッコのマラケシュでガット閣僚会議が開かれ、二万ページにおよぶ「WTOを設立するマラケシュ協定」が採択されました。こうしてWTOがスタートしたのです。

ガットとの違いは?

Questionガットとの違いを
教えてください。

Answerマラケシュ協定には膨大な付属書が添付されており、その中には、もともとの「関税と貿易に関する一般協定」や過去のラウンドで採択された協定、ウルグアイ・ラウンドで決まったサービス貿易に関する協定、知的所有権の貿易面に関わる協定などが含まれています。ガットがもっぱら扱っていた「もの」の貿易に関することだけでなく、「もの」以外のサービスや知的所有権といった幅広い分野を対象にすることが第一の違いです。

 次に、ガットでは、さまざまな協定がそれぞれ独立した約束と考えられ、加盟国によって、この協定は受け入れるが、あの協定は拒否するということが許されていました。WTOでは、マラケシュ協定の中に、さまざまな協定が付属書として含まれていますから、マラケシュ協定を受け入れる国はすべてのルールを受け入れることになります。つまり、WTOに加盟する国は、それぞれ同じ権利や義務をもつわけです。これが第二の違いです。もっとも、発展途上国について一部の義務を免除するというような規定は残されています。

 第三の違いとして、ガットより貿易紛争の処理機能が強化されたといえます。ガットでは、パネルと呼ばれる紛争処理小委員会が提訴を受理、調査のうえ裁定案を出すことになっていましたが、この裁定案は全会一致でしか採択できない決まりでした。ですから委員会で一国でも反対すれば、ガットの調停は不調に終わってしまいます。結果としてほとんどの紛争が、ガットではなく二国間で処理されてきました。WTOでは、一国でも賛成すれば裁定案が採択できる決まりです。

 また、ガットは協定の名前で、それに関わる会議の呼び名でもあると説明しましたが、ガットという明確な国際機関があったわけではありません。ガット事務局という組織はありましたが、これはガットの本体ではないのです。一方WTOは、明確な法人格をもつ国際機関で、職員の特権なども認められ、国際機関としての体裁が整えられています。世界貿易の自由化に取り組む組織として、機能や独立性がより強化されているわけです。

今後の課題は?

QuestionWTOの課題は、
どんなことですか?

Answerまず、ウルグアイ・ラウンドで決まったルールを、世界貿易のルールとして根付かせ、新しい秩序を構築しなければなりません。それには、なるべく多くの国がWTOに加盟する必要があります。一月一日の発足時点のメンバーは約九〇か国でした。九五年中には、ガット加盟国の一二五か国・地域がすべて加盟する見込みですが、これ以外に加盟を希望する中国、台湾、ロシア、ベトナムなどを速やかに加盟させなければなりません。

 また、ウルグアイ・ラウンドでは処理しきれないテーマがいくつかありました。サービス貿易のうち海運については、アメリカが反対したため協定がつくれませんでした。映画や放送については、アメリカは各国の自由化を求めましたが、ハリウッド文化の席巻を恐れるヨーロッパの反対で合意できませんでした。

 あるいは「貿易と労働問題」。米欧など先進国は、輸出品目ごとに最低賃金基準を決めるなどして、発展途上国の低い賃金労働を規制し、自国の雇用を確保したいと考えています。発展途上国は、輸出競争力がそがれてしまいますから、これには反対です。一方、途上国は、先進国はもっと労働市場を解放すべきだと考えています。

 「地域主義問題」も難しい課題です。ヨーロッパのEU(欧州連合)やアメリカのNAFTA(北米自由貿易協定)など、各国は経済圏をつくって、域内の経済自由化を進めています。しかし、域内の関税がゼロになり、「もの」や資本の移動が自由になっても、外にむかう経済圏として排他的ならば、戦前の経済ブロックのように世界貿易にはマイナスになります。

 「地球環境問題と貿易」といったテーマを掲げる人もあります。WTOはこうした課題を話し合い、ルールづくりを進めていかなければなりません。

Question日米自動車交渉で、日本がWTOに提訴しましたね。
今後はどうなりますか?

Answer日本とアメリカが二国間で進めていた自動車交渉は、アメリカ側の「日本は米メーカーからの部品輸入を約束せよ」という要求を日本側が拒否し、決裂しました。そこで、アメリカは貿易相手国の不公正取引慣行に対する報復を定めた通商法三〇一条による対日制裁を決定。日本製高級車に一〇〇%の関税をかける(現地価格が倍になるので事実上の禁輸となる)という総額五九億ドルの制裁リストを公表しました。

 日本は、五月中旬これをWTOに提訴。アメリカも日本市場の閉鎖性を提訴する構えです。対日制裁そのものはWTOのルール違反で、日本に分があるという声が強いのですが、日本の商慣行などが話題になってもめる可能性もあります。いずれにせよ日米自動車紛争は、WTOの貿易紛争処理機能が問われる最初のケースとなりそうです。WTOの機能を確認する意味でも、成り行きを注視したいと思います。

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