更新:2008年8月6日
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預金保険機構

●初出:月刊『潮』1996年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question住専処理案を伝えるニュースに「預金保険機構」というのが
出てきました。どのような組織なんですか?

Answerはい。預金保険機構は、預金保険法に基づいて一九七一年七月に設立された特殊法人。政府、日本銀行、民間金融機関が共同出資してつくった組織です。

 仕事を一言でいうと、銀行をはじめとする金融機関が倒産して預金の払い戻しができなくなった場合などに、その金融機関に代わって、預金者に対する払い戻しをおこなうこと。

 万一のときに預金者を保護するシステムをつくっておき、預金の安全性に対する預金者の信頼を確保し、預金者が金融機関の窓口に殺到する取り付け騒ぎなどを未然に防いで、信用秩序の維持を図ろうというわけです。

 預金保険機構は、加盟する金融機関(都市銀行、地方銀行、長期信用銀行、信託銀行、信用金庫、信用組合、労働金庫)から毎年一定の割合(現在は年度末の預金残高の〇・〇一二%)の保険料を徴収し、積み立てています。加盟する金融機関が経営破綻などに陥ったときは、この積立金から預金の払い戻しをします。

 払い戻し額は、当初は一預金者あたり三〇〇万円まででしたが、八六年五月に一預金者あたり一〇〇〇万円までと改められました。ただし、外貨預金、割引金融債、ワイドなどは払い戻しの対象外とされます。この預金の払い戻しのことを「ペイオフ」と呼んでいます。

機構はもっぱら資金援助

Questionいままでペイオフが
実施された例はあるのですか?

Answerいいえ。実は、預金の払い戻しがおこなわれたことは、まだ一度もありません。

 預金保険機構は、預金の払い戻し以外に、経営危機に陥った金融機関を救済合併する引受金融機関などに融資や贈与といった資金援助をする機能があります。これまでは資金援助だけで対応しています。

 最初に預金保険機構の資金援助がおこなわれたのは、九二年四月の東邦相互銀行のケース。伊予銀行がこれを吸収合併する際、八〇億円を貸し付けました。同年十月には、三和銀行が東洋信用金庫を救済合併。このときは預金保険機構から二〇〇億円の贈与がおこなわれました。

 九三年十月には、釜石信用金庫が岩手銀行など三銀行・三金庫に資産・負債を移して解散。このときは二六〇億円が贈与されました。翌月には、大阪府民信用金庫が破綻。同金庫は不良債権を別会社に移してから信用組合大阪弘容に合併され、一九九億円が贈与されました。

 九五年三月には、信用組合岐阜商銀が信用組合関西興銀に合併され、二五億円が贈与されました。同じころ大きな話題となった東京協和と安全の二信組は、東京共同銀行が事業を引継いで解散され、四〇〇億円が贈与されました。九五年七月には、友愛信用金庫が神奈川県労働金庫に事業を引継いで解散され、二八億円が贈与されました。

 ずいぶん気前よく贈与したものだと思うかもしれませんが、以上の額などわずかなもの。今後の処理にかかる金額はケタが違います。相ついで破綻したコスモ信用組合、木津信用組合の処理では、東京共同銀行にそれぞれ一一〇〇億円、約五〇〇〇億円。兵庫銀行の処理では、みどり銀行に四七三〇億円。預金保険機構は、あわせて一兆円以上を贈与する予定です。

なぜ、ペイオフしないか

Questionこうも贈与、贈与では、預金者保護というよりも金融機関保護という感じがします。なぜペイオフをしないのですか?

Answer破綻した金融機関に一〇〇〇万円を超えない預金をしている人は、銀行がつぶれてもペイオフで払い戻しを受ければ、文句はありません。しかし、一〇〇〇万円以上を預金している大口預金者は困ります。ペイオフをしない最大の理由は、この大口預金者を保護するためです。

 破綻した金融機関は、無茶な高金利で預金者を募り、怪しげな融資先に無闇と融資する乱脈経営を重ねていました。庶民感覚からすれば、高い金利につられて何億、何十億というカネを預けていたほうも悪いと思いますが、資金援助によって金融機関を救済すれば、小口預金者も大口預金者も同じように救済されます。

 もうひとつの理由は、大蔵省や金融機関はこちらが最大の理由だというでしょうが、ペイオフすると金融システム全体の信用秩序の維持が難しくなるかもしれないからです。ある銀行でペイオフが始まると、関係ない銀行でも預金者が窓口に殺到して預金を引き出そうとし、取り付け騒ぎが起こるというのです。

 もちろん必ずそうなるという根拠はありませんが、日本の金融当局(大蔵省や日本銀行)や金融機関がそのことを恐れている、つまり日本の金融制度をその程度の脆弱《ぜいじゃく》なものだと考えていることは確かです。護送船団方式というなれあいによって、そんな脆弱な金融制度をつくってきた官と民の責任が、いま問われています。

住専処理での役割

Question預金保険機構は、住専処理には
どのようにかかわるのですか?

Answer二月六日に明らかになった住専処理特別法案の要綱によると、住専処理を促進させるため「緊急の特例措置として、預金保険機構に、その業務の特例として、住宅金融専門会社から財産を譲り受けてその処理等を行う会社の設立をし、及び当該設立をされた会社に対して資金援助等をする業務を行わせる」のです。

 つまり、預金保険機構が住専処理会社をつくり、これに出資し、資金援助もします。処理会社には、一次損失を除く住専の債権と債務が移され、十五年をかけて回収します。土地が思うように売れないなどして処理会社に損失が生じたら(必ずそうなりますが)、国が補助金のかたちで預金保険機構に財政資金(私たちの税金)を出し、預金保険機構は処理会社に助成金を出すというのです。

 また、民間金融機関は預金保険機構に九〇〇〇億円を出して「金融安定化拠出基金」をつくり、これから二次損失の穴埋めや住専処理会社の運営費用を払います。この基金が持ち出しになった場合は、預金保険機構が預金保険料から穴埋めするという規定も、盛り込まれています。

預金者にツケを回す

Questionそれと、預金保険機構の本来の役割である預金者保護と、
どこでどうつながるんですか?

Answer全然つながりません。それどころか現在の住専処理案は、住専とはまったく関係のない一般の、しかもすべての預金者に、住専処理のツケを回す、とんでもないやり方だと思います。

 預金保険機構の預金保険料は、金融機関が預金残高に応じて納めたもの。つまり、そもそもは預金の一部です。定年まで働いた老後のわずかな蓄えも、子供が楽しみに貯めているお年玉も、銀行に預ければ必ず〇・〇一二%が預金保険機構の積立金に回ります。それが万一のとき一〇〇〇万円までなら返してくれる保険料だというから、私たちは黙っているのです。

 その積立金を使って、住専の二次損失がふくらんで金融機関の拠出金が赤字になった分を穴埋めするなどということが、許されるはずがありません。

 しかも、預金保険機構の保険料残高は、九五年三月で八七六〇億円、九五年度分を加えて九四〇〇億円ですから、コスモ、木津、兵庫の一兆円贈与で底をついてしまいます。足りない分は日銀から借り入れますが、九六年度からは、保険料の割合が〇・〇一二%から四倍の〇・〇三六%に引き上げられます。その分、預金している私たちは、受け取り利息が減ったり、サービスが低下したりという影響を受けます。

 さらに、国民一人あたり一万円以上の税金を住専処理に投入するのです。踏んだり蹴ったりとは、まさにこのことだと思います。

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