更新:2008年8月6日
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郵政の民営化

●初出:月刊『潮』1997年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近ニュースで「郵政事業の民営化」や「郵貯民営化」という言葉をよく耳にします。どういうことですか?

Answer郵政省は、郵便、郵便貯金、郵便為替、郵便振替、簡易生命保険、郵便年金といった事業と、電気通信に関する行政事務を一体的におこなう国の行政機関です。

 とくに郵便、貯金(為替・振替を含む)、保険(年金を含む)を「郵政三事業」と呼びます。この三つはいわゆる現業部門で、関わる人数も多いため、郵政省全体の職員数は三〇万六二八七人(一九九七年三月三十一日現在)に膨れ上がっています。

 ところで郵政三事業の民営化は、かなり前から話題になっていました。国鉄がJR各社に、電電公社がNTTに相次いで民営化された当時、「行政改革はこれで終りではない。郵政三事業が残っている」という意見も確かにあったのです。しかし、こうした声は勢いをもつには至りませんでした。

 というのは、地方では「名士」とされる特定郵便局長(明治初期の郵便取扱所が起源で、局長は国家公務員扱いながら、多くが世襲。約一万八〇〇〇人)、全逓信労働組合(組合員数一六万人)、全郵政労働組合(同八万二〇〇〇人)が、抜群の集票力を誇る強力な圧力団体として機能したからです。この「郵政一家」が保守・革新を問わず政治の世界にニラミを利かせてきたため、郵政三事業の民営化は、議論することすらタブーとされていたのです。

 しかし、最近は事情が違います。バブル崩壊以降、日本経済はいっこうによくならず、日本沈没の声すら出始めました。とりわけ、巨大化して身動きの取れない行政システムを、抜本的にリストラ(再編・再構築)することが、国家の急務となっています。そこで、郵政三事業の民営化が切実に語られるようになったのです。

行政改革会議の焦点に

Question橋本政権の行政改革では、郵政三事業の民営化は、
どのように位置づけられているのでしょうか?

Answer中央省庁の再編を検討している行政改革会議(会長は橋本龍太郎首相)が一九九七年三月下旬に練っていた原案では、郵政三事業について、JRやNTTのように政府が株式を保有する「特殊会社」化を検討する旨が書かれていました。しかし、その後の発表は、ややトーンダウン。「民営化」を示唆する表現に落ち着きました。

 同会議がまとめた「中間整理」から、郵政三事業の民営化に関係する部分(要旨)を、抜き書きしておきましょう。

※以下の引用文中、文字化けがあるらしく、元原稿を調査中

「1、行革の理念=「官」から「民」への精神に立って民間の創意工夫、自由な活力発揮の実現▽効率的な小さな政府▽行政官とその組織の能力アップ、国際競争力の強化。

 2、国家機能のあり方
■国の行政の責任領域の見直しの方向=現業・直営事業は民間にゆだねられないことに限定し、外庁化・エージェンシー化。それ以外は廃止か民営化▽「官」は「民」の補完機能に徹するとの観点から郵貯問題の検討が必要▽郵貯・簡保は特殊会社化▽郵政三事業は民営化か少なくとも外庁化。

 3、中央省庁のあり方
 ■編成の考え方
 【大くくり化】組織の簡素化、縦割り行政の排除、政策の総合的運営などのため、省庁を大くくりすべきだ▽企画・立案、総合調整機能に純化した省庁を統合し、半減▽地方分権、実施部門のエージェンシー化などが進めば省庁の政策立案部門が簡素化し、十省内外に再編可能。 組織改革案 ■産業省=通産省、国土庁大都市圏整備局と地方振興局、農水省と郵政省の通信・放送関係三局」

 つまり、冒頭に書いた郵政省の仕事のうち、残るのは電気通信に関する行政事務(具体的には通信政策局、電気通信局、放送行政局のいわゆるテレコム三局)だけ。現業部門は特殊会社化か民営化か外庁化するという方針です。このとおりになれば、郵政省は解体され、姿を消します。

メリットとデメリット

Question特殊会社化にせよ民営化するにせよ、
いまの制度を変えたほうがよいという根拠を、教えてください。

Answer郵政三事業を民営化した場合のメリットとデメリット(プラスとマイナス)は、利用者、政府、企業、郵政省やその職員など、立場によって異なります。誌面も限られていますから、ここでは利用者にとってプラスかマイナスか、だけにしぼって解説しましょう。

 まず郵便ですが、現在の日本の郵便料金が割高であることは否定できません。たとえばダイレクトメールは、香港あたりから日本全国に送ったほうが安くつきます。郵便扱いでなく宅配業者がポストに入れていく定期購読雑誌も増えてきました。郵便小包より宅配便のほうが便利なことも、取り扱い個数が証明しています。

 郵便事業については民営化し、合理化、効率化、サービス向上、料金引き下げを図ったほうが、国民にはメリットが大きいと思います。

Question貯金や保険は
どうですか?

Answerこちらは、特殊会社などにすることがただちに利用者のメリットにつながるか、難しいところです。

 九六年度末の郵便貯金残高は、前年度比五%増の二二四兆円。これは東京三菱銀行の資金量(一つの銀行としては世界最大)の四倍。国民一人ひとりの貯金の三分の一は、郵便局に預けられている計算になります。そして、郵便貯金を特殊会社化や民営化して、たとえば郵貯の利子が余計につくようになるかというと、そうはならないと思います。

 というのは郵便貯金の資金は、大蔵省の資金運用部に預託され、国の財政投融資資金に回ります。普通の銀行なら融資先を探したり、有価証券で運用したりしますが、郵貯はそのリスクを一切負わず、コストも負担していません。銀行なら支店の開設や維持にともなうコストがかかりますが、郵便局は店の片隅でやりますからこれもなし。法人税、事業税、固定資産税、印紙税など租税公課負担もなし。銀行なら日銀に一定額の預金を積まなければいけませんが、これもなし。郵便局とそれ以外の金融機関は、もともと対等な条件で競争していないのです。

 その郵便貯金を特殊会社にすれば、普通の金融機関に近づくわけですから、利子は下がると考えるのが自然です。

 その際、忘れてならないのは、たとえば僻地に郵便局をつくるコストは、何も郵政省が負担したわけではなく、私たちが支払った税金でやっているのだということ。財政投融資の焦げ付きなども税金から補填しています。つまり、郵便貯金の利子が高いのは、国民が別のかたちでコストを負担しているからなのです。

 だから、郵便貯金が他の銀行預金より得だというプラスと、他の銀行には払っていない国民の負担というマイナスを相殺できるなら、特殊会社化や民営化をしたほうがよいという話になるでしょう。

情報を公開し、議論を!!

Question郵政三事業の民営化論議は、
今後どう進むでしょうか?

Answer行革会議で検討されていることは、これができなければ日本沈没というくらいの話。自民党には反対意見も根強くありますが、新進党などは本気で改革を考えているようです。

 それにしても、ずっとタブー視されていただけあって、議論がまだまだ不足しています。また、郵便局で職員何万人が郵便を配達し何万人が貯金や保険の勧誘をしているのか、過疎地域の郵便局の経営状態はどうなっているのかといった、議論の材料となるデータがあまりに不足しています。郵政省も労働組合も郵便局も、もっと情報を公開すべきです。それをもとに、国民的な議論を深める必要があります。

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