更新:2006年9月30日
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児童虐待防止法

●初出:月刊『潮』2004年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

児童虐待防止法が2000年にスタート

Question児童虐待防止法が改正されたそうですね。
どういう法律なのですか?

Answer児童虐待防止法は、子どもへの虐待《ぎゃくたい》の増加を背景として、2000年11月に施行《しこう》されました。

 児童虐待とは何かについて、この法律は第二条で、「保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう)が、その監護する児童(十八歳に満たない者をいう)に対し、次に掲げる行為をすること」と定義しています。

 その行為とは「(1)児童の身体に外傷(外から受けた傷)が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること。(2)児童にわいせつな行為をすること又は児童をしてわいせつな行為をさせること。(3)児童の心身の正常な発達を妨げるような著《いちじる》しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。(4)児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」です。

 具体的にいうと、(1)は子どもを殴る、蹴る、投げる、落とす、熱湯をかける、首をしめる、溺れさせる、タバコの火を押しつける、縛る、吊す、戸外に閉め出すなどの身体的虐待。

 (2)は性行為を強要する、性的いたずらをするなどの性的虐待。

 (3)は家に閉じこめる、登校・登園させない、病院に連れていかない、乳幼児を家や車に放置する、食事を与えない、不潔な衣服や下着を取り替えない、不潔な環境で生活させるなどのネグレクト(怠慢・無視)。

 (4)は「捨てる」と脅す、「産まれてこなければよかった」と繰り返し言う、子どもの障害をののしる、失敗を怒鳴りつける、兄弟姉妹間で差別するなどの心理的虐待など。

 そして第三条で、「何人も、児童に対し、虐待をしてはならない」と宣言し、児童虐待を防止する取り組みを定めています。ところが、その後も児童虐待は一向に減らなかったため、2004年4月に法律が改正され、この10月から施行されたのです。

疑わしければ通告義務

Question児童虐待防止法のどんな点が、
どのように改正されたのですか?

Answer厚生労働省によると2003年度の児童虐待相談処理件数は2万6569件で、前年より2831件も増えました。児童相談所が関与しながら子どもが殺されてしまう事件も相次ぎました。

 そんな状況を受けて、これまで「児童虐待を受けた児童を発見した者」は、誰でも速やかに通告しなければならないとされていた国民の通告義務は、「虐待を受けたと思われる児童を発見した者は」と改められました。改正後は、虐待をハッキリ目撃しなくても、異常な怒鳴り声が聞こえる、子どもの体にあざがあるなど虐待が疑われる場合に通告義務が生じますから、より通報しやすくなりました。

 児童虐待の定義も拡大され、(3)のネグレクトには、「保護者以外の同居人」の身体的・性的・心理的虐待を放置する場合も含まれるようになりました。2004年9月に栃木県で幼い兄弟が同居人に虐待・殺害される事件がありましたが、このようなケースも児童虐待と明確に定義されたわけです。

 また、(4)の心理的虐待には、「児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力」(いわゆるDV=ドメスティック・バイオレンス)が追加されました。ここでいう配偶者は内縁関係の者も含み、内縁の夫が子どもの目の前で妻に暴力をふるえば、それは子どもへの「心理的外傷を与える言動」として児童虐待と見なされます。もちろん正式な夫の場合も同じです。

 警察の関与についても「警察官の援助を求めることができる」とだけ書かれていたところに、「児童相談所長又は都道府県知事は、児童の安全の確認及び安全の保に万全を期する観点から、必要に応じ適切に、前項の規定により警察署長に対し援助を求めなければならない」という規定を新設しました。

 また、虐待防止のために必要な調査研究と検証を行うことも明記。これを受けて厚生労働省は、児童相談所が関与しながら虐待死を防げなかったケースなどを専門家が検証する「児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会」の設置を決めました。

児童虐待の原因は?

Questionそもそも児童虐待という忌まわしい行為は
なぜこんなに多いのでしょう?

Answer大きな背景には、血縁社会や地域社会からの「孤立」という問題があります。もともと親戚が少ないうえに、祖父母と同居しない核家族化が進み、都市化で近所付き合いも薄れ、子育ての悩みなどを相談できる人が周囲にいないのです。

 親の「資質」の問題も大きく、親が社会人として未成熟、情緒不安定、親の人格形成が暴力的な環境下になされた、などの問題もあります(虐待する親は子ども時代に虐待を受けているケースが多いという説は、あまりあてにならないと考えられています)。

 以上に、経済的な貧困、失業、狭い住環境、病気、夫婦間暴力、育児疲れなど親の「極度のストレス」が高じると、虐待の引き金となる可能性があります。

 ただし、虐待死に至った事件がマスコミで大きく騒がれるためか、児童虐待は犯罪で、加害者イコール凶悪犯と思っている人が少なくないようですが、現実は違います。児童虐待の9割方は犯罪にはなりません。逆にいうと、ニュースになるような虐待は氷山の一角で、児童相談所など公的機関が処理した年間二万数千件という数字に表れない軽度の児童虐待は、はるかに数が多いものと思われます。

 たとえば、引っ越し直後で知り合いがなく、親は遠い地方暮らし、夫も仕事で忙しい若い母親が、一人目の子どもを育てるとしましょう。赤ん坊は泣いてばかりで、夜もろくに眠れない。誰にも相談できず、仕方なく育児書を読むと「子育てはすばらしい」と書いてある。しかし、本の通り一生懸命やってみても、うまくいかない。疲れ切って「なんでこの子は」と、ぐずる子どもをひっぱたきたくなるのは、無理もないことかもしれません。児童虐待は、どんな家庭でも起こり得ることなのです。

 そんな母親を支援することも児童虐待防止の一つですが、これは警察に援助を求めてどうなるという問題ではありません。むしろ、ちょっと息抜きさせたり、うまくアドバイスしてやるだけで立ち直ることが多いでしょう。

社会全体で対応を

Question今後、どのような対策が
必要でしょうか?

Answer虐待の原因は根が深く広いので、社会全体のさまざまな部門でケアを考えていくことが大切です。

 軽度な場合は、子どもを一時的に保育園に預ける、地域の家庭支援センターで遊ばせる、母親の話し相手になるというような対応で、母親は精神的に落ち着き虐待を防止できます。保健所、小児医院、保育施設、民生・児童委員、地域の民間ボランティアなどが連携し、地域で子育てを支援していく必要があります。

 深刻な場合は、児童相談所が対応することになりますが、相談所に配置される専門家である福祉司の絶対的な人手不足、一般職の公務員である児童相談所長の経験・知識不足が問題です。深刻な虐待では貧困、夫婦不和などに加えて親のアルコール・薬物中毒、精神病といった難しい問題がからみあいます。児童相談所の機能を深刻な問題に特化させ、一般的な相談業務は市町村が担当する役割分担が必要でしょう。

 また、幼稚園や学校が児童虐待の通報者となるのは全体の3割程度で「家庭に立ち入りたくない」という消極姿勢が目立ちます。学校では教師一人ひとりに、児童相談所、保健所、病院、役所といった組織でも職員一人ひとりに、そして地域社会をつくる私たち一人ひとりにも、子育てや児童虐待問題の当事者なのだという意識が必要ではないでしょうか。

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