更新:2006年9月30日
現代キーワードQ&A事典の表紙へ

住基ネット

●初出:月刊『潮』2002年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

住基ネットとは?

Question住基ネットがスタートしたと聞きました。
どういうものですか?

Answer「住基ネット」は「住民基本台帳ネットワーク」を略した言い方です。まず住民基本台帳の説明から始めましょう。

 市区町村長が、住民の利便や国・自治体行政の合理化のために作る住民についての公文書に「住民票」があります。住民票は原則として個人単位で記載され、氏名、生年月日、性別、世帯主・世帯員の別と世帯主との続柄、戸籍の表示、住民となった年月日、住所のほか、選挙人名簿の登録や国民健康保険・国民年金の被保険者の資格などについても記されています。これを世帯ごとにまとめて綴じた台帳が「住民基本台帳」で、市区町村がもっています。住基ネットは、そのネットワークという意味です。

 どんな仕組みかというと、まず行政機関が赤ん坊からお年寄りまで日本国民一人ひとりに、11けたの番号を付けます。これはコンピュータが無作為に割り振った番号で、「住民票コード」と呼ばれます。この住民票コードと、住民票に記載されている項目のうち5つ――氏名、性別、生年月日、住所、以上の変更履歴を、ワンセットでコンピュータに記録します。

 一方、総務省の外郭団体の地方自治情報センターが管理するコンピュータを中心に、市区町村、都道府県、国の行政機関のコンピュータを専用回線で結びます。こうしておいて、一億二千数百万人の住民票コードや氏名など六つの情報をやりとりし、「本人確認」に使います。

 これが住基ネットで、さまざまな問題が噴出するなか、2002年8月5日から見切り発車のかたちでスタートしました。

 これまで、さまざまな行政手続きで住民票の写しの添付が必要でしたが、代わりに今後は、申請を受けた行政機関が住基ネットで本人と確認します。当面は児童扶養手当の給付など93事務で実施され、「行政手続きオンライン化関連法案」の成立後は、パスポート発給や自動車登録など171事務が加わる見込みです。

 また、2003年8月からは、自分が住んでいない市区町村でも住民票の写しの交付が受けられるようになるほか、自治体が希望者にIC回路を組み込んだ「住基カード」(価格1000円前後)を発行する予定です。政府は、このカードは身分証にもなり、さまざまな行政サービスへの利用もできるとPRしています。

住民票は原則として閲覧可

Questionプライバシー侵害の恐れなどで反対も根強いようです。
どんな問題があるのですか?

Answer住基ネットには多くの問題がありますが、それが整理されておらず、「国や自治体に管理されるのはイヤ」「プライバシーの侵害が心配」といった漠然とした声も多く聞かれます。

 ここでは、住民基本台帳がもともと抱えている問題、今回の住基ネット導入で新たに懸念される問題、住基ネットが本格化する将来懸念される問題の三つに分けて、話を進めましょう。

 第一に、住基ネットの導入以前に住民基本台帳や住民票がもともと抱えている問題ですが、実は住民票は、原則として誰でも閲覧することができます(1999年の改正住民基本台帳法で氏名、性別、生年月日、住所に制限)。住民票の写しの請求も原則として誰でもできます。

 最近は、プライバシー問題が盛んにいわれ、正当な理由がない場合は市区町村の窓口で閲覧を断るなど、厳しくなってきました。しかし、正当な理由かどうかを決めるのは市区町村の裁量にまかされており、市場調査会社がある地域の20歳以上の女性をピックアップしたいというような理由なら、まず認められます。また、警察は捜査を理由に、住民票や戸籍を日常的にを閲覧しています。

 今回の住基ネットで一元管理されるデータは住民票の一部、それも誰でも閲覧できると法律に書いてあるデータが中心。ですから、住基ネットの導入でプライバシーの侵害が起こるなら、導入する前からそれは起こっています。

住民のメリットがはっきりしない

Question住基ネットの導入で生まれた問題は、
どんなことですか?

Answerまず導入の仕方に問題がありました。住基ネットのための改正住民基本台帳法は99年に成立しましたが、審議の過程で「プライバシー保護が不十分」という指摘があり、当時の小渕恵三首相は「住基ネット実施にあたっては民間部門をも対象とした個人情報保護に関する法整備が前提」と国会答弁。法律の付則には「施行に当たっては個人情報保護に万全を期すため所要の措置を講ずる」と加えられました。

 国会で審議されたものの「メディア規制法」との反対が強く成立しなかった個人情報保護法案が、この「法整備」「措置」なのですが、政府は「法案を提出したのだから所要の措置は済んだ」という理屈で、住基ネットをスタートさせたのです。これは明らかに詭弁《きべん》であり、かえって国民や自治体に住基ネットへの懸念を広げる結果となりました。福島県矢祭町、東京都杉並区、同・国分寺市などが住基ネットから離脱、横浜市が「市民の選択にまかせる」など、自治体の足並みは乱れています。

また、これまでの住民基本台帳は住民が住む市区町村だけの問題で、閲覧するにも役所に出向かなければならなかったわけですが、一元管理しネットワークでやりとりすることにしたため、安全性の問題が指摘されています。国防総省やNASAのコンピュータに入り込むようなハッカー(コンピュータ・システムへの不法侵入者)に狙われたらひとたまりもないという声もあります。

 住民票コードを通知するハガキが透けて見える、違う人に配達される、第三者が住民票の写しを取ったらコード番号が印刷されていたなど、話にならない不手際も続出しています。

 しかし、住基ネットの最大の問題点は、導入の狙いがよくわからず、あまり役に立ちそうもないことでしょう。住民票コードや氏名など六つの情報を使うだけですから、これまでにもよくある他人の住民票を取って本人になりすますような行為を防止できるわけではありません。自分が住んでいない自治体で住民票の写しを取る必要など、ふつうの人にはなく、住基ネットのメリットが全然ピンときません。

 そのシステムの構築コストが400億円、毎年の運用コストが200億円では、ハード至上の箱モノ行政の気配が濃厚です。

国民総背番号制への道?

Question将来懸念される
問題点とは?

Answer住基ネットが現在のままなら、あまり役にも立たない代わり、コストが無駄という以外、そう心配なことはありません。住基ネットは、ちょっと調べればわかるような情報しか参照できないからです。

 しかし、この住基ネットは、納税者番号や運転免許証番号などを追加し蓄積する情報を増やしていけば、簡単に「国民総背番号制度」に衣替えできます。いまは、やらないことになっていますが、国民的な合意があればいつでも移行できるシステムが作られたわけです。来年始まる住基カードも、どんな情報を入れるか決めないまま、新聞紙一面分の文字情報が入る入れ物だけを先に作るという政策です。

 ここ数年の官庁の不祥事を見れば、政府や官僚のやり方にすべてまかせよというほうが無理。住基ネットの運用のされ方を、注意深く監視する必要がありそうです。

「現代キーワードQ&A事典」サイト内の文章に関するすべての権利は、執筆者・坂本 衛が有しています。
引用するときは、初出の誌名・年月号およびサイト名を必ず明記してください。
Copyright © 2002-2015 Mamoru SAKAMOTO All rights reserved.

Valid CSS! Valid XHTML 1.0! Another HTML-lint がんばりましょう! 月刊「潮」 坂本 衛 すべてを疑え!!

現代キーワードQ&A事典の表紙へ
inserted by FC2 system