更新:2006年9月30日
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イージス艦

●初出:月刊『潮』2003年3月号「市民講座」第203回●執筆:坂本 衛

Questionイージス艦がインド洋に派遣されました。
どういうことなんですか?

Answerはじめにイージス艦とは何かを説明しましょう。「イージス」は、もともとはギリシャ神話に出てくる「神の盾《たて》」のこと。その名前が、アメリカが開発した「艦隊防空システム」に付けられたのです

 日清・日露戦争当時の海戦は、敵味方の軍艦が対峙《たいじ》して艦砲を撃ち合うというスタイルでした。太平洋戦争では、航空機による爆撃・魚雷攻撃と潜水艦による魚雷攻撃が、艦船攻撃の主流となりました。

 しかし現代の戦争で艦船を攻撃するには、離れた場所にいる航空機、水上艦艇、潜水艦などから対艦ミサイルを撃ち込むのが、もっとも効果的だと考えられています。そこで防御する側も、ミサイル攻撃に対する備えを最重要視します。その代表的な例が米海軍の「イージス・システム」です。

 これは、高性能レーダー、コンピュータ、迎撃《げいげき》ミサイルを、通信装置を介して組み合わせたシステム。目標(航空機やミサイル)の探知や追尾、情報処理(敵味方の識別や危険度の判定など)、迎撃(こちら側のミサイル発射)という一連の処理を、コンピュータを使って自動的にやります。誤解されないよう書いておくと、もちろん迎撃ミサイルを撃つときは人が発射ボタンを押すので、自動ではなく手動です。

 このイージス・システムを搭載した護衛艦が「イージス艦」。海上自衛隊には昭和63年度計画から配備されました。現在保有するのは「こんごう」「きりしま」「みょうこう」「ちょうかい」の4隻で、中期防衛計画ではさらに2隻を調達することが決まっています。いずれも基準排水量7250トンで乗員は300人弱の、昔でいえば駆逐艦《くちくかん》にあたる軍艦です。

 これらの護衛艦が搭載するレーダーの防空探知範囲は500キロ圏で、従来艦の数倍の能力。イージス艦は200以上の目標を同時に追尾し、うち10以上の目標を同時に迎撃できるといわれています。

 なお、米海軍は約60隻のイージス艦を主として空母機動部隊の防空に使っています。米軍と自衛隊以外にイージス艦を持っているのはスペイン海軍だけで、それもたった1隻です。

インド洋で補給艦を護衛

Questionイージス艦は、はるかインド洋まで
何をしに行ったのですか?

Answer2002年12月16日、自衛隊のイージス艦「きりしま」は横須賀基地を出港し、すでにインド洋北西部(ペルシャ湾の入り口に近いアラビア海)に到着しました。

 日本は、この海域に1年以上前から自衛隊の艦艇を派遣しています。これは2001年9月11日の米同時多発テロをきっかけに成立したテロ支援特別措置法に基づくもので、護衛艦3隻と補給艦2隻が活動中です。主な任務は米英軍の軍艦への燃料補給。油を湾岸諸国から買い付け、洋上で補給艦と燃料が少なくなった軍艦との間にパイプをつなぎ、併走《へいそう》しながら補給するのです。護衛艦はその近くにいて、上空の航空機や周囲の水上艦艇の動きを監視し、補給中の艦艇を護衛します。

 海上自衛隊は2002年11月までに、米英軍の艦艇に対してのべ140回、合計23万キロリットルの燃料を無償で提供しました。米海軍がこの海域で消費した燃料の実に4割を、自衛隊が補給した計算になります。

 今回、イージス艦としては初めて派遣された「きりしま」も、役割はこれまで補給艦に付き添っていた護衛艦と同じです。しかし、その派遣がスンナリと決まったわけではありません。実は2001年末から1年の間に3度派遣が検討され、そのたびに見送られてきました。

 これは、イージス艦の戦闘能力が(必要以上に)高いという理由もありますが、実はイージス艦の運用の仕方によっては、これまで憲法解釈上は行使できないとされてきた「集団的自衛権」問題に抵触しかねないとの懸念があったからです。

米軍と情報を共有すると

Questionイージス艦を派遣すると集団的自衛権の問題が懸念されるのは、
どうしてですか?

Answer「集団的自衛権」とは、ある国が武力攻撃を受けなくても、同盟国が武力攻撃を受けて安全を脅《おびや》かされる場合には、そのある国も含めた同盟国が集団として武力攻撃を排除できるという権利。国連憲章はすべての国にこれを認めており、平和憲法をもつ日本は「権利はもっているが、憲法第九条の規定によって行使することは認められない」という立場。もっと簡単にいえば、同盟国であるアメリカが攻撃されても、直接日本が攻撃されたのでない限り反撃しない(できない)というのが日本政府の見解です。

 ところで、イージス艦のイージス・システムはもともとアメリカ製ですから、海上自衛隊が米海軍と一緒にいれば、両者は同じシステムを使って情報を共有します。すると、米軍を狙うミサイルが接近中という情報を自衛隊の艦艇がいち早くもたらし、米軍艦艇がそれをもとに迎撃ミサイルを発射する事態もありえます。これは自衛隊が攻撃されていないのに自衛隊と米軍が共同で反撃することになるから、集団的自衛権の行使に当たるという主張があるのです。与党政治家の中にもそのような考え方があり、政府はイージス艦の派遣に慎重でした。

 しかし、イラクの大量破壊兵器(核や生物化学兵器)開発疑惑が強まり、国連の査察《ささつ》も始まって、米軍のイラク攻撃が想定される情勢になったため、政府は見送りから派遣へと新たな一歩を踏み出しました。背景には、アメリカからの非公式な要請があったためともいわれ、自衛隊の幹部が米軍にそのように要請してほしいと申し入れたという話も伝わっています。

軍事的な意味合いは薄いが

Question政府は集団的自衛権についての解釈を
変えたのですか?

Answerいえ、集団的自衛権は行使できないという政府解釈に変わりはありません。防衛庁は、実際に米軍が反撃に移るときは、独自に目標を捕捉し確認してからおこなうのであって、単なる情報の共有は集団的自衛権の行使ではないと説明しています。

 ですから政府がイージス艦の派遣を決めた際には、「艦艇のローテーション上たまたまイージス艦を出す」「最新鋭のイージス艦は居住性や冷房のききがよい」「防空能力が高いのだから自衛隊員の安全性が増す」などを理由とし、米軍への情報提供問題にはなるべく触れないようにしたいという姿勢が見えました。

 実際には、イラクにせよテロ組織にせよ、自衛隊の艦艇がいる場所まで攻撃するような力はなく、懸念される事態はまず考えにくいと思われます。イージス艦の派遣は、わざわざ最新鋭艦を出して米軍を支援する姿勢を見せるという政治的・象徴的な意味が強く、軍事的な意味合いは薄いと考えるべきでしょう。

 軍事的には、米軍の燃料の4割を日本が補給することの意味のほうが大きいですし、その燃料を使う艦艇に攻撃された側が、自衛隊を米軍と同じ敵と見なしても不思議ではありません。「普通の護衛艦なら平和だがイージス艦なら戦争」などという非現実的な形式論ではなく、国際社会がテロ対策で連携する中で日本は何をどこまでやるべきなのかを、真剣に議論すべきでしょう。世界唯一の被爆国で平和憲法をもつ日本には、イラク問題でもやり残していることがたくさんあるはずです。

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