更新:2006年9月30日
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アスベスト問題

●初出:月刊『潮』2005年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

アスベストとは?

Questionアスベスト問題が深刻なようです。
これについて教えてください。

Answer「アスベスト」は、天然に産し、不燃材として利用される繊維状の鉱物(蛇紋石または角セン石)の総称で、「石綿」《いしわた/せきめん》とも呼ばれます。代表的なものはクリソタイルで、その繊維は直径200〜300Å(オングストローム=1億分の1センチ)と非常に細いパイプ状をしています。とても柔軟で、綿糸などと同じように織物を作ることができます。アスベストの多くはクリソタイルで、主な産地はカナダ(ケベック)、ロシア(ウラル)、南アフリカなど。日本の北海道でも採掘されていたことがあります。

 アスベストから燃えない布が得られることは古くから知られており、中国では周の時代に西方の異民族から「火浣布」《かかんふ》が献上されたといいます。これは「火で洗う布」の意味で、汚れても火に投げ込めば、もとの白色に戻る不思議な布。実はアスベストで織られた布でした。ローマ時代にもたいへん珍重されています。

 平安時代の初期に書かれた「竹取物語」でかぐや姫が求婚者の一人に持ってくるよう要求した「唐の火鼠の裘《かわごろも》」も、アスベストの布だったのかもしれません。江戸時代には平賀源内が火浣布を自作して、人びとを驚かせています。

 火に強いだけでなく磨耗《まもう》、腐食、薬品などに強いアスベストは、地中にあって安く入手できることから、さまざまな工業製品に利用されてきました。

 繊維としては防火幕、防火服など。ゴムやレジンと混ぜてブレーキライニングや配管の継ぎ手パッキンなど、セメントと混ぜて耐火性・断熱性に優れた壁材、屋根材、防火パネル、吸音板など。建設現場では天井や壁などに吹き付けアスベストが盛んに使用されました。かつては魚の焼き網、トースター・ヘアドライヤーなど家電製品の断熱材としても使われていました。その用途は3000種にも上るといわれます。

長期間吸い込むと発症

Question広く使われてきたアスベストの
何が問題なのですか?

Answerアスベストの繊維は、小さなもので直径が髪の毛(直径0・1ミリ程度)の5000分の1という細さ。空中にフワフワとただよい、ガスや煙と同じような動き方をします。風で舞った砂ぼこりは風が収まれば落ちてきますが、アスベストはいつまでも浮遊し続けます。なにしろ花粉症の原因となるスギ花粉よりも小さいのです。

 人間がこれを鼻や口から吸い込むと、粘液や痰《たん》にくるまれて体外に出てくることも多いのですが、肺の奥に達して、肺を包む膜に突き刺さる場合があります。アスベストは安定した物質なので、突き刺さると異物を取り除こうとする免疫の働きにもびくともせず、体内にとどまり続けます。長年吸い込んでいると、やがて石綿症《せきめんしょう》(「石綿肺」ともいう)を発症します。

 これは、呼吸細気管支炎と肺胞炎に始まって、びまん性の(一面にひろがりはびこる)肺繊維症をきたし、また壁側胸膜の肥厚(胸膜プラークと呼ばれる)と石灰化をともなう病気(平凡社『世界大百科事典』)です。

 石綿症は悪性中皮腫《あくせいちゅうひしゅ》(胸膜や腹膜にできる一種のガン)や肺ガンを合併することが知られ、これらが死因となることが多いとされています。肺ガンは喫煙者に多く見られます。良性石綿胸水といって、肺と胸膜の間に液体がたまることもありますが、これは非ガン性。胸膜の肥厚も非ガン性です。

 この病気がやっかいなのは、自覚症状がないままに、しかもきわめてゆっくりと進行すること。10年以上の長い期間アスベストを使う現場で働き、最初の吸引から15〜50年ほどたって発症するケースが珍しくありません。ただし、どれくらいの分量のアスベストを吸い込めば石綿症や中皮腫になるかは、ハッキリしていません。

 石綿症は100年ほど前にイギリスで医師による最初の報告があり、1924年に「石綿肺」と命名された古い職業病の一つです。粉塵を長期間にわたって吸入した結果、肺繊維症を起こす職業病を「塵肺」《じんぱい》といいます。アスベストによる「石綿肺」は、石やガラスを扱う石切場・陶磁器工場などで見られる「珪肺」《けいはい》と並んで、代表的な「塵肺」として知られています。

6年間で400人が労災死

Questionそんなに古い職業病が、
なぜ今、問題になっているのですか?

Answer今回のアスベスト問題は、大手機械メーカーのクボタが、アスベストを使っていた兵庫県尼崎市の旧神崎工場の従業員や周辺住民に悪性中皮腫患者が発生し死者も出ていると公表したことがきっかけになりました。

 同工場では、1954年から75年にかけて石綿管を、71年から95年にかけて石綿入りの住宅建材(外壁材・屋根材)を製造。その結果、従業員について、1978年から2004年までに石綿疾病による死亡者75名(うち悪性中皮腫の死亡者42名)を出し、現在療養中の者が18名(うち悪性中皮腫の療養者4名)がいると発表しました。また、工場周辺における中皮腫患者やその支援団体と話し合いをおこない、患者3名に対する見舞金の支払いを決定しました(2005年6月30日)。

 これを機に他のメーカーも同じような健康被害が発生していると発表。事態を放置できなくなった厚生労働省は2005年7月29日、「石綿ばく露作業に係る労災認定事業場一覧表」を公表しました。これは99〜2004年度の6年間に労災認定がなされたもののリストで、全国383事業場で労災531件が発生。内訳は肺ガン173名(うち死者123名)、悪性中皮腫358名(同278名)で、6年間の死者が400人以上に達しています。

 労災と認定された人の数だけでこれですから、アスベストが付着した作業着を長年洗濯していた家族や、事業所の周辺住民の健康被害は、さらに膨らみます。過去にさかのぼれば、死者の数は優に万の単位に上るでしょう。

 早稲田大学の村山武彦教授らの過去の死者数に基づく研究によると、2000年以降の40年間で、悪性胸膜中皮腫の死者数(男性のみ)は10万人程度に上るだろうと推定されています。

今後、必要な対策は?

Questionアスベスト入り製品に囲まれた
私たちはどうすべきですか?

Answerまず、アスベストを使う工場や建設現場で長期間働いていた人は、健康診断を受けてください。胸部CTとX線の検査で、およその診断はつきます。

 多くの家や建物では、天井裏や壁などにアスベストを使っている可能性が高いと思われますが、細かいチリになってはがれてこなければ、心配ありません。壁に穴があき断熱材のようなものが見えている場合は、穴を塞《ふさ》ぐ、壁紙を貼るなどの処置をしてください。スレート材などはアスベストを含み、経年劣化によってアスベストを含むチリが飛散する恐れがあります。劣化したものは交換するなり、ペンキを塗るなりすべきです。

 1995年の阪神・淡路大震災で多くの建物が解体されたとき、アスベストの飛散が問題になりました。これは今後も引き続く問題で、家やビルの解体時にはしっかりと対策を講じなければなりません。学校はじめ古い建物、ビル内の駐車場などでは、吹き付けアスベストが露出している箇所が残っています。表面固化処理などの早急な対策が必要です。

 また、企業や役所(とりわけ厚生労働省)の対策が後手後手に回ったことは、否定できません。日本では生産者保護が優先され、厚生・労働・環境・通産・建設など縦割り行政の弊害もあって、アスベスト対策はつねに欧米に遅れを取っています。この責任は追及されてしかるべきだ思います。

参考リンク

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