更新:2008年8月16日
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暴力団新法

●初出:月刊『潮』1992年4月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

暴力団新法とは?

Question一九九二年三月から暴力団対策法が施行された
と聞きました。どういう法律ですか?

Answerはい。暴力団対策法は略して暴対法、あるいは暴力団新法などとも呼ばれます。正式名称は「暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律」といい、九一年五月に成立しました。これが、運用にむけての準備や、新しい法律を公に周知徹底させるための期間を経て、三月一日から施行(実際に効力が発生)の運びとなったのです。

 どのような法律かというと、いわゆる暴力団とみなされる組織のうち特定のものを、都道府県公安委員会が「指定暴力団」として認定します。

 指定暴力団の組員は、組や上部団体の威力を示しての用心棒代の要求、債権取り立て、地上げなど一一項目の暴力的要求行為が禁止されます。さらに指定暴力団に対しては、対立抗争に際して事務所の使用を一時禁止、少年の組への加入および脱退妨害も禁止といった措置がとられるというのです。

組織化が進む暴力団への対策

Questionいま、新しい暴力団対策法が
必要とされる理由はなんですか?

Answerひとつには、暴力団と呼ばれる反社会的な勢力が、組織数、構成員数ともに増え、社会の安全を脅かしているからです。

 『警察白書』(九一年版)によれば、八八年末に三二五五団体、構成員八万七二六〇人を数えた暴力団は、九〇年末には三三〇五団体、八万八二五九人に増えています。この数字だけをみれば微増ですが、実際にはもっと多く、全体で一〇万人を下ることはないとの見方が有力です。

 また、数の増加以上に注目されるのは、暴力団が広域化や系列化、知能化を進めて質的に変化し、経済的にも巨大な力を持ち始めたことでしょう。

 「暴力団」というのはもともと警察用語で、昭和三十年ごろから使われ出した言葉。それ以前は博徒(博打うち)、テキ屋(香具師)、青少年不良団・(愚連隊)などの分類で呼び、これとは別にヤクザ(八九三のブタ──賭博の最悪の目から出た言葉で、もとは役立たずという意味)とか極道という一般的な呼び方がありました。

 しかし、古い映画に見るような博打打ち、任侠道を生きる渡世人というのは、現在では姿を消しています。暴力団対策法では、暴力団は「構成員が集団的にまたは常習的に暴力的不法行為等を行うことを助長するおそれがある団体をいう」と定義されていますが、かつての博打うちや愚連隊はまさに暴力団と呼ぶしかないような社会集団に変わったのです。しかも、そのなかで質的な変化が進んでいます。

Question具体的には、
どのような変化ですか?

Answer暴力団の世界にも「長い物には巻かれろ」の安定志向があるとみえ、特定の暴力団による組織の系列化が進んでいます。その結果、ある暴力団の勢力範囲が全国的に拡大する広域化が起こります。

 たとえば、広域暴力団の山口組は全国に約一〇〇〇の団体を擁し、系列組員は三万人以上といいます。本拠は兵庫県の神戸ですが、四七都道府県のうち四〇近くに進出しています。山口組に、やはり広域団体と呼ばれる稲川会と住吉会を加えると、団体数をとっても構成員数をとっても、わが国の暴力団の半分を占めるといわれているのです。

 一方、暴力団の知能化、企業化と呼ばれる傾向も目立ちます。その生業をみても、麻薬や覚醒剤の密売、公営ギャンブルのノミ行為、賭博、風俗営業の用心棒といった"伝統的な"収入より、倒産整理や債権取り立て、土地上げ、企業恐喝といった企業がらみの収入が増えており、さらには暴力団による企業経営も増えています。

 こうした傾向の典型的な例といえるのが、東京佐川急便から稲川会に一〇〇〇億円以上が流れたとされる疑惑でしょう。同会の故・石井会長は東急電鉄株買い占めや本州製紙株をめぐる仕手戦に登場、ゴルフ場開発まで手掛けています。警察発表によれば暴力団の年間総収入は一兆三〇〇〇億円程度ですが、これも少なめの見積もりと指摘する声が強く、数兆円規模と予測する人さえあります。このように"成長する"暴力団への対抗策が、今回の暴力団対策法なのです。

山口組など七団体を指定へ

Question指定暴力団には、いま名前の出たような
団体が指定されるのですか?

Answerはい。といっても、暴力団ならどんな団体でも指定できるわけではありません。暴力団対策法によれば、指定には次の三つの要件がすべて満たされることが必要です。その要件とは、(1)構成員が生計を維持し事業を行ううえで暴力団の威力を利用していると認められる、(2)代表者の統制のもとに階層的に構成されている、(3)構成員のなかで前歴者の占める割合が一定の比率を超えるの三つ。(3)の一定の比率は別途政令によって、五〇人の集団なら前歴者七人、一〇〇人では九人、一〇〇〇人以上ならば四二人以上などと定めてあります。

 警察庁は第一次の指定暴力団として、山口組、稲川会、住吉会の広域三団体のほか、会津小鉄、合田一家、工藤連合草野一家、共政会の計七団体を指定する方針です。先の三つが重点対象、なかでも山口組が最大のターゲットであることは間違いありません。残り四団体のうち共政会の勢力範囲は広島県だけですが県内では圧倒的勢力であるとして、その他は三〜四県に勢力があり広域性が強いとして規制の対象となったようです。なお、山口組が指定されれば、名前は別でもその系列の下部団体はすべて指定暴力団に入ります。また、第二次指定団体の候補として、小桜一家、旭琉会、極東会、道仁会などの名前があがっています。

 暴力団対策法には、指定の際は事前に暴力団の代表者を呼び、聴聞会を開いて弁明や反論の機会を与えるとされています。要件の(2)は家元制度をとっている組織なら普通ですし、(3)の規定も前歴者が更生したかどうか問わないわけですから、公正で慎重な運用が必要なのです。四月には聴聞会が開かれ、その後、学識経験者による審査専門委員会の審査を経て五月にも第一次指定が行われる見込みです。

資金源を経たれ大打撃

Question暴力団対策法によって指定暴力団に指定すると、
どのような効果があるのでしょう?

Answerはじめに紹介したように、バーやキャバレーの用心棒、サラ金の取り立てや地上げが禁じられ、それらによる収入が絶たれることになります。抗争が起これば事務所から強制的に一時立ち退かせるというのも、もともと社会のはずれ者で行き場が少ない暴力団員にとっては大打撃。また、盛り場で暴力団員と知り合い、「うちに遊びにこんか」などといわれ事務所に顔を出すうちに、この世界にはまってしまう若者が多いわけですが、少年の加入が禁じられるのも痛手のはず。暴力団対策法で壊滅的な打撃を受けるという組の出てきそうです。

 そこで、暴力団のなかには指定逃れのために組を株式会社に組織変更したり、政治団体として新たに届け出るという動きが続出しています。

 たとえば山口組は「全国国土浄化同盟」なる組織を旗揚げし、政治団体として届け出ました。また、全国の直系団体に会社設立を指示するファックス文書を流しています。このマル秘文書には、ご丁寧に新会社の命名例まで書かれていました。実際、今年になって暴力団「○×組」が、組長を代表取締役、姐御さんや幹部を取締役、組事務所を本店所在地として「株式会社○×」に衣替えするケースが頻発しています。会社定款に定める業務目的は「地方特産品の販売」「駐車場経営」「家出人、尋ね人の捜査」といった具合です。

Question株式会社にしてあれば、
指定の網から逃れられるのですか?

Answerいいえ、そんなことはありません。警察では団体の名称や組織の形態にかかわらず、先の三要件をみたせば指定はできるとしています。ただ、看板だけをとりかえて一般市民を装ってみてもダメだというのです。もっとも、会社化が進めば暴力団かどうかの判定が難しくなるということはあるかもしれません。

 私たちは今後も彼らの行動を監視し、社会秩序を乱すような行いを厳しくとがめていく必要があります。また、企業などが暴力団とのトラブルを避けるため、安易にカネを払ってしまうという悪しき慣習はまだまだ残っているようです。社会全体が毅然として暴力団に立ち向かわなくては、彼らを根絶やしにすることはできないでしょう。

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