更新:2008年8月6日
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エコツーリズム

●初出:月刊『潮』2007年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

エコロジーの「エコ」

Questionエコツーリズムという言葉を聞きました。
どんな意味ですか?

Answer「エコ」はエコロジーの略、
「ツーリズム」は観光や旅行という意味です。

 エコロジーは、もともとは生物学の一分野である生態学のことですが、1970年代から欧米で始まったエコロジー運動をも意味しています。

 これは、「人間は生態系という有機的なシステムの一員である」との視点から人間と自然環境の関係をとらえ、自然と調和し共存する生活・経済・社会のあり方を追求していく運動です。

 産業革命以降、とりわけ二十世紀の大量生産・大量消費時代以降、わたしたち人間は自然というものを、もっぱら開発し資源を得る対象とばかり考えてきました。森を切り開き、山を崩し、海を埋め立てることで、生活や生産の拠点をつくり、経済を成長させ、豊かになってきたわけです。

 しかし急激な工業化は、自然の生態系や生活環境を大きく破壊し、公害や汚染が生物の生存や人間の健康を危うくする事態を招きました。そこで、自然環境を収奪の対象ではなく、共生の場としてとらえるエコロジー運動が力を得てきました。自然保護、反公害、反原発、有機農業といった運動がそうで、エコツーリズムの「エコ」は、このエコロジー運動のエコなのです。

 ですからエコツーリズムは、はっきり確立された定義はありませんが、主として自然の生態系、多くの場合は歴史的・社会的な環境も含めた生態系を強く意識し、その維持や保護に結びつく観光や旅行を意味しています。

 ただ自然の中に出かけていって動植物の生態に触れるとか、余暇に自然保護のボランティア活動に打ち込むことを、エコツーリズムとはいいません。自然の生態系や歴史的・社会的な環境の保護と、その自然や環境が存在する場所への観光や旅行が意識的に結びつき、旅行者が地域の環境保護に必ず役立つ活動こそがエコツーリズムなのです。

途上国の資金調達

Questionエコツーリズムが注目される
ようになった背景は?

Answerエコツーリズムは当初、開発途上国が自国の自然を保護するための資金調達手法として取り入れられました。

 途上国は、先進国に農水産物や鉱物などの資源を輸出し、先進国の工業製品を輸入してきましたが、そのことで環境破壊が進行しました。そこで、自然を壊して資源を得るのでなく、自然をそのままに資源とする考え方を導入。先進国から旅行者を集め、旅行者が通常地域に落とす資金(交通費・宿泊費・食費・土産《みやげ》代など)に加えて、生態系を保護・保全するための資金を得て、自然保護と経済成長を両立させようとしたのです。

 雄大な自然のなかに大規模なリゾートホテルを建てれば、旅行者から高いカネを取ることができますが、建設資金が膨大ですし、必ず自然を破壊してしまいます。対して自然環境を損なわず、先進国に存在しない自然そのものを対象とする観光をおこして地域の振興を図れば、旅行者の感動も大きいはずです。ガイドや土産物店など地元の雇用も成り立ちます。もともと自然を壊しませんから環境の維持に必要な資金はそれほど大きくなく、旅行者が落とすカネの一部でまかなうことができます。途上国にとってエコツーリズムは、一石何鳥もの効果が期待できる手法なのです。

 エコツーリズムは、地球温暖化が人類にとって危急の問題とされる時代の観光のあり方としても、うってつけです。そこで、持続して成長可能な観光のひとつとして先進国でも注目され、国連が2002年をエコツーリズム年とするなど、各国の意識が高まりました。先進国では、自然の生態系だけではなかなか観光の目玉にしにくい面がありますから、自然環境に加えて歴史的・社会的な環境も生態系に含めて、これを保護・保全するエコツーリズムが打ち出されています。

 日本でも、人びとの価値観が多様化するなかで、都市生活者を中心に、自然と直接ふれあって「ゆとり」や「やすらぎ」を求める傾向が強まり、環境意識の高揚ともあいまって、エコツーリズムへの関心が広がりました。団塊の世代が退職期を迎えて、余暇への関心が高まったことも背景にあります。

推進法も成立

Question国や地方はエコツーリズムに
どんな取り組みをしていますか?

Answer環境省は2003年11月、環境大臣を議長とする「エコツーリズム推進会議」を設置し、エコツーリズムの普及・定着のための検討を行いました。同会議が2004年6月に取りまとめた五つの推進方策を紹介しておきましょう。

 2007年6月には、国会で「エコツーリズム推進法」が成立しました。これは、エコツーリズムへの関心が高まる一方で、環境への配慮を欠いた単なる自然体験ツアーがエコツアーと呼ばれたり、観光活動の過剰な利用によって自然環境が劣化する事例が見られる現状を踏まえて、適切なエコツーリズムを推進するための総合的な枠組みを定めようとするものです。

 エコツーリズムの推進にあたって、(1)政府による基本方針の策定、(2)地域の関係者による推進協議会の設置、(3)地域のエコツーリズム推進方策の策定、(4)地域の自然観光資源の保全という四つの具体的な推進方策を定め、エコツーリズムを通じた自然環境の保全、観光振興、地域振興、環境教育の推進を図る法律で、2008年4月1日に施行される予定です。

エコツーリズムの課題

Questionエコツーリズムの
これからの課題は?

Answerエコツーリズムにとって重要なことは、「人間も生態系の一部であり、自然環境と共生すべきだ」という考え方、生き方そのものです。環境省のホームページに、〈参考〉として「エコツーリズム=自然(歴史文化)体験・学習型観光の総称」とありますが、推進官庁がこんな見出しを掲げているようでは、エコツーリズムの普及はまだまだです。

 同じページに、エコツーリズムの効果として環境保全・観光振興・地域振興の三つが挙げられています。旅行業者や地元は当然二つめと三つめに力点を置きがち。この三つを融合させ、健全なエコツーリズムを育てていくには、旅行者、地域住民、観光業者、研究者、行政のバランスよい協力・連携が不可欠です。それには、エコツーリズムの思想をさらに広めていくことが大切だと思います。

 エコツーリズムの「エコ」を、エコノミー(経済)のエコやエゴイズム(利己主義)のエゴにしないためには、旅行者の自覚が欠かせません。

参考リンク

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