更新:2008年8月6日
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全国学力テスト

●初出:月刊『潮』2007年7月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

小六・中三の二三三万人が受験

Question全国学力テストが行われたと
聞きました。どういうことですか?

Answer全国学力テストは、正式には「全国学力・学習状況調査」といい、文部科学省が二〇〇七年度から実施に踏み切りました。目的は、児童生徒が必要な学力を身につけているか、それは全国や都道府県内の他地域と比べてどうか、学習状況や生活習慣などを含めてどこに課題があるかなどを把握・分析し、教育施策や授業の改善を図っていくことです。

 具体的には、原則として全国の小学校六年生と中学校三年生の全児童生徒を対象に、国語と算数・数学分野で、基礎的な「知識」に関する問題と応用力を見る「活用」に関する問題を出題します。同時に生活習慣・学習環境などをたずねるアンケート調査を児童生徒と学校に対して実施します。

 二〇〇七年は四月二四日に、全国の国公立・私立の小中学校のほぼ九九%にあたる三万二七〇〇校以上で行われ、およそ二三三万人が受験しました。私立校は全体の六割にあたる五三四校が参加しています。私立校の結果は、全国集計に含みますが、都道府県や市町村の集計には入れません。欠席、遅刻、早退をした場合は後で受験できますが、全体集計には含まれません。

 文部科学省は、九月をめどに全国と都道府県ごとの結果を公表します。その際、個別の市町村名や学校名は公表しません。ただし、市町村の教育委員会や学校に対して調査結果を通知し、教育委員会は独自の判断で、学校は教育委員会の指導のもとで、それぞれ自分のところの結果を公表できることになっています。答案は返却されませんが、児童生徒には自分の成績がわかる個人票を通知します。

 なお、この全国学力テストは、ベネッセコーポレーションとNTTデータに委託され、採点・集計が行われます。問題作成などの準備経費として〇六年度予算から二九億円が支出され、採点・集計・発送などの経費として〇七年度予算から四八億円の支出が予定されています。

他国と比べて学力低下

Question全国学力テストが始まったのは、
どういう理由からなんですか?

Answer背景には、国際学力調査で日本の児童生徒の成績がパッとせず、学力低下や学習意欲の低下傾向が見られるようになってきたことがあります。また、主として公立校で、義務教育の質の問題が議論されるようになってきたこともあります。

 そこで、二〇〇四年一一月四日の経済財政諮問会議では当時の中山成彬・文部科学大臣が「甦れ、日本!」と題する教育改革私案を提出。この中で「学力向上〜世界のトップへ」「競争意識の涵養」を掲げて、全国学力テストの実施を提案しました。

 その翌年の六月には「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2005」が閣議決定され、この中でも「全国的な学力調査の実施など適切な方策について、速やかに検討を進め、実施する」と明記。さらに〇五年一〇月の中央教育審議会答申でも「全国的な学力調査を実施することが適当である」とされて、実施が決まったわけです。

 ところで、日本では明治中期以降、徴兵検査の際に、「壮丁」と呼ばれた受検義務者全員の漢字の読み書き能力や読解力を調べる学力調査(壮丁教育調査)が行われてきました。

 戦後は、ほぼ半世紀前の一九五六(昭和三一)年に初めて、文部省が小中高の約一二〇万人を対象に全国規模の学力テストを実施しました。これは全児童生徒の五〜一〇%程度を対象とするサンプル調査でしたが、六一年に中学校の全員を対象とする五教科の学力テストに拡大したことで、日教組(日本教職員組合)が猛反発。旭川学テ(学力テスト)事件など逮捕者まで出しています。

 また、学校や自治体間の競争も異常に過熱してしまいました。事前に予行演習する、テスト当日に成績の悪い子どもを欠席させる、見回り教師が間違っている箇所を指さしで教える、成績の悪い学校の校長が飛ばされるなど、馬鹿げた事例が横行。「学力コンテスト」という批判も強まりました。結局、六五年に実施二〇%のサンプル調査に戻った後、六六年に廃止されています。ですから今回の全国学力テストは、実に四三年ぶりに実施されたわけです。

 もっとも最近は、都道府県や市町村が独自に小中学校の学力テストを実施する例が増えています。文部科学省調べでは、二〇〇四年に三九都道府県・一一政令指定都市で実施され、過半数が域内の全員を対象としています。調査結果を公表する自治体も多く、たとえば和歌山県は学校レベルの結果を公表しています。これに猛反発が出ているとは聞きませんから、四十数年前とはかなり様変わりしています。

序列化や競争激化の心配は?

Question全国学力テストで昔のような問題が
生じる心配は、ありませんか?

Answer全国学力テストが教育における競争を激化させるのではないか、子どもや学校の序列化につながらないかと心配する声は確かにあります。

 実際、五月に入ると、広島県北広島町の教育委員会が、事前に出題が類似する独自の問題集を作り、時間配分や解き方を児童生徒に指導するよう学校長に指示していたと報道されました。安倍晋三首相は国会で「学校間の序列化や過度の競争をあおらないよう配慮する」と答弁しましたが、これに対して地方がフライングしたわけです。このようなケースはきちんと監視し、排除していくべきです。

 今回は愛知県犬山市教育委員会が全国の市町村では唯一、全国学力テストに不参加でした。同教育委は、少人数による学び合いの授業を積極的に進め、すべての子どもの人格形成と学力保障に全力を注いできたとして「競争原理と犬山の教育理念は相いれない」と表明しています。このような立場も尊重されるべきで、学力テストへの参加が押しつけや強制になってはならないと思います。

 半世紀前になかった心配は、全国学力テストにおける個人情報保護は万全かということです。この点は、発注主である文科省が、委託先企業の体制をチェックし、万一情報流出があったときの対応も契約書に盛り込まなければなりません。各自治体も慎重に対応する必要があります。

テストは手段。目的ではない

Question親たちは、全国学力テストを
どう考えればよいでしょうか?

Answerたとえば今回、小六の国語で「友達の家に電話をした。(   )、友達はいなかった。」のカッコに何が入るか、選択肢四つから選ばせる問題が出ました。正解は選択肢2「けれども」です。しかし、選択肢1「そのため」が完全な間違いとは言い切れません。いじめっ子が「あと一時間で行くからな」と電話した場合は、「そのため」でも意味が通りますから。けれども、そんなことは考えず、出題者が求める常識的な答えを書くかどうか調べるのが、学力テストというものなのです。

 教師が知らないクラスのいじめを一人心配し、小さな心を痛めている優しい子どもは、このテストに間違えるかもしれません。あるいは、単純に国語力が弱くて間違えるかもしれません。その違いを見極めることこそが、親の仕事です。学校のテストは、児童生徒の全人格を調べるわけではありません。親はたかが学力テストの結果に一喜一憂せず、学校のテストで測ることができない生き方、勇気、思いやりなどを教え、評価してやるべきでしょう。

 テストは勉強がどこまで進んだかを調べる手段にすぎず、テストでよい点を取ることが勉強の目的ではありません。しかし、手段と目的を取り違え、テストの準備として勉強する子どもが多いのです。教師や親の多くも、そんな本末転倒の考え方をしています。試験制度に学校教育が従属し、そのうえ家庭教育までもが従属するのでは、逃げ場のない子どもたちが不幸だと思います。

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