更新:2006年9月30日
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イラク特措法(イラク復興特別措置法)

●初出:月刊『潮』2003年10月号「市民講座」第210回●執筆:坂本 衛

イラク特措法とは?

Questionイラクへの自衛隊派遣を可能にした
イラク特措法《とくそ》について教えてください。

Answer2003年3月20日に米英軍の攻撃で始まったイラク戦争は、4月はじめのバクダッド進攻とフセイン政権崩壊をへて、5月1日に米ブッシュ大統領が大規模戦闘の終結宣言を出しました。

 フセイン前大統領の所在はつかめず、開戦理由の大量破壊兵器も発見されず、武装解除も完了せず、散発的な戦闘は続いていましたが、一応の区切りをつけたかたち。これ以降、イラク問題は治安回復と復興という次の段階に入ったわけです。

 ところで、アメリカは日本に対し開戦前から、「ブーツ・オン・ザ・グラウンド」(地上に部隊を)と協力を強く求めていました。日本は、小泉首相がいち早くアメリカ支持を打ち出したものの、戦争に参加することはできませんから、「イラクに対する復興支援、周辺地域に対する人道支援については責任ある対応をしていきたい」と表明。

 そこで、政府はイラクに自衛隊を派遣する方針を固め、法律の準備に取りかかりました。これが2003年6月13日に国会に提出された「イラク復興特別措置法」(イラク特措法)で、7月4日に衆議院、7月26日に参議院で与党三党などの賛成多数で可決、成立しました。イラク特措法のポイントをまとめておきましょう。

イラク特措法が必要だった理由

Questionなぜ新しい法律が
必要だったのですか?

Answer自衛隊は世界有数の軍隊ですが、憲法九条によって日本は自衛のための戦争しかできず、国内で戦うことしか想定していません。つまり海外活動はできないというのが建前です。

 しかし、1991年の湾岸戦争で国際貢献を求められた日本は、多国籍軍の戦費として135億ドル(一兆数千億円)を出し、自衛隊の掃海艇をペルシア湾に派遣。このときは法律の解釈で切り抜けましたが、1992年には「PKO法」をつくり、国連PKO(平和維持活動)への自衛隊の派遣と人道的な国際救援活動への参加ができるようにしました。

 ただし、PKO法に基づく自衛隊の海外派遣は、紛争当事者間での停戦合意や受け入れ国の同意など「PKO参加5原則」を満たす必要があります。今回のイラクは米英軍が占領中で、暫定統治機関である統治評議会はできたものの正式なイラク国会や政権は存在せず、国連PKOも始まっていません。ですから、PKO法に基づいて自衛隊を出すわけにはいきません。

 2001年9月11日に同時多発テロが起こると、日本はこのときも「ショー・ザ・フラッグ」(旗幟《きし》鮮明にせよ)と貢献を求められました。そこでアフガニスタンでの米英軍のテロ掃討作戦を支援する「テロ対策特別措置法」をつくり、インド洋に自衛艦を派遣しました。

 ところが、テロ対策特措法は「テロ行為による国際の平和と安全に対する脅威とあらゆる手段で戦う」とする国連安保理決議第1368号を根拠とする法律。今回のイラクはテロ対策の支援ではなく、この法律も使えません。

 そこで、テロ対策特措法と似たようなかたちで、特別な法律をつくる必要がありました。イラク特措法は、米英軍がイラク戦争の根拠とした国連決議第678、687、1441号や、イラクへの経済制裁解除を決めた国連決議第1483号を根拠としています。

自衛隊がテロの標的に?

Question自衛隊はイラクで
何をするのですか?

Answerポイントにも紹介したように、イラク人への人道復興支援活動と、イラクで治安維持にあたる米英軍などを後方支援する安全確保支援活動の二つ。具体的には、C130輸送機を使った生活関連物資の輸送、バグダッド周辺での浄水・給水作業などが想定されます。法案の原案には、フセイン政権が残した大量破壊兵器処理への協力という項目もあったのですが、見つからないものの処理を盛り込むのはおかしいとの声が強く、国会提出前に削除されました。

Question「非戦闘地域」で活動するわけですが、
イラクにそんな地域があるのですか?

Answerそれがもっとも悩ましい点です。イラク特措法は「現に戦闘行為が行われておらず、活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認められる地域」といいますが、問題は戦闘行為とは何かです。法律の定義は「国際的な武力紛争の一環として行われる人を殺傷しまたは物を破壊する行為」、政府の国会答弁は「国または国に準ずる者による組織的、計画的な攻撃」。すると、単独犯によるテロは戦闘行為ではないと解釈されてしまいます。

 一方、イラクの治安は回復したとはいえず、ブッシュ大統領の終結宣言から3か月で米軍の死者は50人を突破。2003年7月末にはマイヤーズ米統合参謀本部議長が「バグダッドから北部のティクリットに至る地域は依然、戦争地帯」と発言。8月7日にはバクダッドのヨルダン大使館で爆弾テロが発生し11人が死亡。直後にイラク駐留米軍のサンチェス司令官は「われわれは紛争地帯にいる」と強調しました。

 さらに8月19日、国連イラク本部事務所があるバグダッドのホテルで爆弾テロが発生し、イラク復興の国連責任者であるデメロ国連事務総長特別代表ら20人以上が死亡。武器を持たない国連がテロの標的とされたことは、国際社会に大きな衝撃を与えました。

 テロリストが国連を狙った以上、テロを戦闘行為と呼ぼうが呼ぶまいが、ある地域を非戦闘地域と決めようが決めまいが関係なく、自衛隊も標的とされることは確実でしょう。

自衛隊の派遣はどうなる?

Question今後は
どうなりますか?

Answer米英軍に対するテロが頻発《ひんぱつ》し、対国連テロまで発生したイラク情勢が、不透明さを増していることは確か。イラク軍は崩壊しましたが、装備ごと消えてしまった部隊が少なくなく、かなりの兵器や爆薬が隠匿《いんとく》されていると思われます。テロやゲリラは今後も続くでしょう。しかも、米英の主張が本当なら生物化学兵器が隠されているわけですから、一瞬にして大量の死者が出る可能性も否定できません。

 したがって、戦闘に巻き込まれないことを至上命題とする自衛隊のイラク派遣は年内はありえず、来年になってもいつ派遣できるかハッキリしません。政府は自衛隊以外による人道的な支援を急ぐ姿勢ですが、これとても国連が攻撃されるくらいですから、安全とはいえません。国際機関やNGOによるイラク復興支援は、難しい局面を迎えていると思います。

 また、事が起こってから泥縄的に法律を作って自衛隊を出すというやり方そのものにも、疑問があります。国際貢献で自衛隊を海外に派遣するとはどういうことなのか、徹底的な議論を重ね、必要ならば恒久法をつくることは、検討に値すると思います。

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