更新:2006年9月30日
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自治体破綻

●初出:月刊『潮』2006年9月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

夕張ショックが襲う

Questionニュースが「自治体破綻」を伝えています。
どういうことですか?

Answer企業が倒産したとか個人が破産したというニュースは、別に珍しくありませんね。でも、私たちは、役所が倒産または破産したというニュースをあまり聞いたことがありません。市町村などのお役所は国と同じように「寄らば大樹《たいじゅ》の陰」の大樹で、絶対に倒産などしないし、一度務めれば失業もありえないと、みんな思っています。

 しかし最近、自治体の財政が破綻《はたん》したというニュースが流れて、人びとを驚かせました。

 その自治体は北海道夕張市。同市は北海道の中心からやや東南に位置し、人口は1万3000人余。かつて炭坑の町として栄え、いまは「夕張メロン」の産地として知られています。

 2006年6月20日、夕張市の後藤健二市長は市議会で、「財政再建団体」の指定を国に申請する方針を表明しました。財政再建団体とは、赤字がかさんで財政が破綻し自力再建が難しいため、地方財政再建促進特別措置法に基づいて、国からの援助を認められた自治体をいいます。指定されるには、総務大臣に申し出て財政再建計画を策定し、その内容について承認を受けなければなりません。

 国は、財政再建団体に対して、政府資金の短期融資と特別交付税による利子補給(つまり無利子で貸し付けする)、地方債の発行に関する制限緩和(借金をしやすくする)といった支援をします。

 以上は「アメ」ですが、同時に「ムチ」として、その自治体の再建計画を厳しくチェックし、人員の削減、給与の引き下げなどによるコスト削減や、地方税・各種使用料の引き上げなどによる収入増を、具体的に求めるのです。

 自治体に倒産や破産はありませんが、財政再建団体に転落することは、企業が倒産し個人が破産するのと事実上同じといって、過言ではありません。夕張市のケースは自治体破綻の典型で、「夕張ショック」の衝撃が全国に広がりつつあります。

一時借入金で火だるま

Question夕張市は、どうしてそんなことに
なってしまったのですか?

Answer実は夕張市の財政状態がよくないことは、ずっと以前から知られていました。平成15年度の「財政難の市ワースト23」というデータ(読売新聞)を見ると、トップが夕張市。経常収支比率が100以上の市を数字が大きい順に並べたデータで、夕張市は109・8。「炭鉱閉山による税収減と、閉山対策事業に伴う公債費増大」という一行情報がついています。

 これは収入が100に対し支出が110近いということで、確かに不健全な財政状態です。しかし、収入が1000万円ある人が年に1100万円使ってしまっても、ただちに破産とはなりませんね。だから、このデータだけでは、夕張市の財政が破綻寸前にあるとは見えません。

 ところが、夕張市には、なんと600億円にも上る隠れ借金があったのです。夕張市の収入(税収と国が配分する地方交付税交付金の合計)は年に四十数億円ですから、これはムチャクチャな話。年収450万円(親の援助含む)の人が6000万円の借金をかかえれば、破産寸前に決まっています。

 なぜ、そんなに借金ができたかといえば、夕張市は「一時借入金」《いちじかりいれきん》のマジックを使ったのです。これは、本来は税収の確定時期と入金時期がずれたときなどに限って、当座の資金繰りのために金融機関から短期に借り入れる資金。年度内の返済が原則ですから、予算書や決算書には記載されません。

 夕張市は、市や第三セクター(半官半民組織)の借金穴埋めのため、この一時借入金をどんどん増やしていき、一時借入金を年度内に返済するために別の金融機関から借りるという「自転車操業」を繰り返していました。現在の一時借入金の残高は300億円近いとされています。サラ金からカネを借り、その借金を返すために別のサラ金からさらに借りという借金地獄の泥沼にはまり、やがて自己破産してしまう人と同じパターンです。

 さらに、公社や第三セクターをトンネルにして借り入れするなど、怪しげな借金を重ねています。会社なら経営者が逮捕される悪辣な粉飾決算をやっていたも同然です。これ以外に正規の借金が137億円(2005年度末の地方債残高)もあります。

主体的な行政ができない

Question財政再建団体になると、
市民の生活はどうなるのでしょう?

Answerまず、市民税は増税となる可能性があります。保育料、各種使用料、手数料などの値上げによる市民の負担増も避けられないでしょう。

 基本的な考え方は、全国を見渡したとき、ほかの市で取っている使用料(一定の幅がある)のいちばん高い水準までは、「原則として値上げして当然」というものです。総務省は夕張市に、そのような収入増を求めます。

 以上は収入増ですが、コスト削減では、まず、市が独自で実施する施策が、完全にストップします。健全財政の他市がやっていないことを、財政再建途上の市が手がけることは許されないという考え方です。道路、下水道などの都市基盤整備も、新しいものはストップします。いまある都市基盤の最低限のメンテナンスや、災害時の復旧整備は心配いりませんが、新しい道路の建設などは認められません。市職員の給与の減額も避けられないでしょう。

 つまり夕張市民は、市が提供する最低限のサービスはこれまで通り受けることができますが、それ以上のサービスは期待できません。市は、どこの市でもやっている行政以外、自主的で主体的な行政能力を発揮することができないのです。それが財政再建団体に転落するということです。

 こうして、夕張市は国に財政健全化にむけた計画を提出するわけですが、ここは人口がピーク時の10分の1に減ってしまった小さな都市。しかも、65歳以上の高齢者の住民に占める割合が4割という高齢化自治体です。生活保護率も高い水準にあります。市の財政破綻で、市民のうち弱者にばかりしわ寄せが向けられるような事態は、決して許されません。

 市は、炭鉱の閉山による税収減と、閉山対策事業にともなう支出増に長年苦しめられており、そのトレンドは今後も変わりありませんから、財政再建への道は極めて険しいといわざるをえません。このままでは50年たっても財政の健全化ができないかもしれないという深刻な状況ですから、これまで想定されていない施策、たとえば金融機関が夕張市に対して持っている債権の放棄(債務カット)も検討せざるをえないでしょう。

市民にも責任がある

Questionほかの自治体は大丈夫ですか?
私たち市民に必要な心構えは?

Answer総務省はすでに、全国市町村の一時借入金の実態を調査しています。また、3年以内の実現をめざして自治体破綻に対処するための法制づくりに着手しています。今後、夕張市のように破綻する自治体が出てくることを想定しているわけです。地方分権や三位一体改革(国の補助金削減・地方への税源移譲・地方交付税見直しの三点セット)の行方とともに、住民は目が離せません。

 私たちに求められるのは、市町村は自治体、つまり「自ら治める団体」であることをもっと自覚し、地域の自治体を運営する主人公として、監視の目を強め、責任を果たすことでしょう。インフレが借金を帳消にする高度成長の時代はとっくに終わり、国からもカネは回ってきません。市町村に何か──たとえばガードレール1本でも付けてくれと頼めば、それは市町村民が負担するしかありません。地元のみんなが関与して、そのカネの使い道を真剣に検討することこそが、地方自治なのです。

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