更新:2008年8月16日
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恒久減税

●初出:月刊『潮』1998年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionニュースでよく「恒久減税」が話題になります。
これについて教えてください。

Answer「恒久減税」《こうきゅうげんぜい》という言葉は、辞書に定義が書いてあるわけではないのです。恒久は永久と同じ意味ですから、ふつうに取れば「永久に続く減税」となります。でも、誰もそんなことを約束できるはずがなく、政府は「恒久的な減税」といっています。

 およその定義をいえば、今年度だけというような一年限りの減税でなく、五年か七年かわかりませんが、ある程度は持続する減税となります。その年限りの一時的な減税は「特別減税」と呼ばれ、これは一九九八年も四兆円規模で実施されています。

 恒久減税と似た言葉に「制度減税」もあります。税金は所得がいくらなら何%と「制度的」に決まっており、この制度を改正する減税をそう呼びます。たとえば、世帯あたり一律一〇万円の減税ならば、制度をいじりませんから、制度減税ではありません。いま議論されている恒久減税は、税制を改める制度減税です。

参議院選で急浮上

Question恒久減税は、先の参議院選挙の前後に、
かなり唐突に浮上してきたようですね?

Answerいま日本は、戦後最大最悪の不況下にあります。九七年度のGDP(実質国内総生産)成長率はマイナス〇・七%とオイルショック以上の悪さ。円安、株安、債券安のトリプル安に、失業率四・一%も戦後最低。しかも、バブル崩壊の後始末をしなかったツケの金融不安が渦巻き、「コンフィデンス・クライシス」(信頼の危機)が蔓延しています。

 しかし、この二〜三年、政府はデフレ(緊縮経済)政策を取りました。九六年生命保険料、九七年消費税率(三%から五%へ)、医療費自己負担引き上げなど、国民に財布のヒモを固くすることを強いたわけです。その埋め合わせとして特別減税を実施したものの、恒久的な減税には手を着けませんでした。というのは、国の借金がかさみ、財政再建こそが緊急の課題だと考えたからです。ですから、参議院選挙の直前までは、減税を主張するのは野党だけでした。

 ところが、一九九八年に入って、景気は目に見えて悪くなりました。今春の一六兆円の経済対策など公共投資による景気刺激効果も、簡単には出てきません。公共投資もやった、民間の設備投資もふるわないとなると、残るはGDPの六割を占める個人消費(家計)。そこで政府与党にも、減税によって落ち込んだ消費を喚起しようという発想が出てきたのです。背景には、アメリカの強い要請もありました。もちろん、選挙前に国民にウケのよい政策を打ち出そうという思惑があったことも確かでしょう。

 とはいえ、橋本首相の財政健全化路線維持の考えは固く、七月三日「恒久的な税制改革」を口にしたかと思えば、五日の民放テレビで「恒久減税とはいっていない」といいはり、曖昧な態度を取り続けました。この曖昧さが大変評判悪く、結局八日に「減税する」と明言したのですが、いかにも選挙目当ての泥縄的な対応で国民の信頼を得られず、参院選でご承知のような結果となりました。

 こうして選挙公約の恒久減税は、小渕内閣に引き継がれ、現在検討が進められています。

最高税率を下げ、定率減税も

Questionどんな減税が
おこなわれるのでしょうか?

Answer政府や与党税制調査会などで検討されている構想をまとめると、九九年一月から、まず所得税の減税を四兆円規模で実施します。

 具体的には、所得税・個人住民税合わせて六五%に達する最高税率を五〇%まで引き下げます。税率は、所得再分配という観点から、所得が多いほど高く設定されています。これを累進制といい、所得税は一〇%きざみで一〇〜五〇%、住民税は五%きざみで五〜一五%。この最高のところの税率を緩和します。

 たとえば、昨年の年俸四〇〇〇万円の会社社長が今年四二〇〇万円になったとして、二〇〇万円のうち一三五万円が税金では取りすぎで、企業家意欲を殺《そ》いでしまうから、一〇〇万円までに抑えようというのです。この減税が適用されるのは、日本で六〜七万人程度(給与所得で三五〇〇万円以上)といいます。

 また、夫婦に子二人で年収一三五四万円を超える層では、税率が四五%となっており、このあたりの減税にも配慮する方向です。

 しかし、これだけでは、金持ちの税金をまけるだけになってしまいます。そこで、最高税率以外の税率が適用される人びとには、一定の割合(一五%とか二〇%など)で税負担を減らす「定率減税」を実施します。これは、すでに特別減税として導入したことがありますが、今回は恒久減税として期限の制約は設けず、景気が一定の回復軌道に乗るまで続けます。

 一方、法人税は実効税率四六・三六%で、国際水準よりやや高いとされているので、これを国際水準の四〇%に引き下げ、企業の活力アップに期待します。こちらは二兆〜二兆五〇〇〇億円規模になると考えられています。

 以上に加えて、住宅ローン減税(住宅ローンの金利分を課税所得から控除するなど)も検討されています。

Question「課税最低限の引き下げ」についての議論
を聞きましたが、これは?

Answer課税最低限というのは、その額以下の所得の人は所得税を納めなくてもよいという限界のこと。これまでは夫婦に子二人で年収三六一万円でした。ところが、いま実施されている特別減税によって、課税最低限は四九一万円に上がってしまっています。これは、給与所得者の三割に近く(一二〇〇〜一三〇〇万人)、いくら所得が低いといっても不公平だという声が強いのです。しかし、課税最低限を引き下げれば低所得者には増税になりますから、今回は、課税最低限の引き下げはせず、定率減税の導入で、最低限をもとの三六一万円に戻す予定です。それでも、年収四〇〇万円の家庭では、今年無税だったのが増税になります。これには反対意見もあって、まだ検討中です。

減税だけ実施しても無意味

Question財源は
どうするのですか?

Answer赤字国債を発行してまかないます。これは国の新たな借金で、将来返さなければ(償還しなければ)なりません。しかし、大規模な減税で景気がよくなり、税収も増えれば、ただ赤字だけが積み上げられるという結果にはならないというわけです。

 実は日本には、財政構造改革法という法律があり、二〇〇〇年までに国と地方の財政赤字をGNPの三%までに押さえる目標が明記されています。すると、これ以上赤字国債は出せないのですが、政府はこの法律を一時的に「凍結」する方針です。いまは財政赤字の拡大には目をつむり、減税による景気浮揚を優先させるという判断です。

Question減税の効果は
出るでしょうか?

Answer難しいところです。減税した何兆円かがストレートに消費に回り、何兆円かのモノやサービスが売れることにはならないと思います。

 というのは、消費は、その時に持っているおカネの額ではなく、将来にわたって獲得できる恒常的な所得の額で決まるからです。いまはまだ、国民が将来に漠然とした、しかし大きな不安を抱いています。多くの人は、自分の老後、親の老後、子どもの教育といった将来の出費を覚悟しています。リストラや昇給見送りなど、右肩上がりの所得が期待できないと考えている人も多いはずです。減税分は貯蓄に回そうという人が、少なくないのではないでしょうか。

 ですから減税だけをしても無意味。やはり、現在の大不況の根底にある金融不安の解消、つまり不良債権の処理を一日でも早く進めることが必要です。同時に、行政改革をいっそう推進し、政府はカネのかからない小さな政府を目指すべきです。一方私たちも、減税にはコストがかかり、将来必ずツケが回ってくることを覚悟すべきだと思います。

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