更新:2006年9月30日
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後方支援

●初出:月刊『潮』2001年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionテロ対策特別措置法をめぐる議論に、「後方支援」という言葉が出てきます。
これについて教えてください。

Answer「後方」は文字通り「後ろのほう」。「後方の席しか取れず、舞台がよく見えなかった」といえば、前方の反対の意味ですね。ところが、日本で軍事用語として「後方」というと、特別な意味が含まれます。

 さらに、自衛隊用語の「後方支援」と、政府が今回「自衛隊を派遣し米軍の『後方支援』をする」という「後方支援」も、実は微妙に意味が違います。まず、自衛隊がこの言葉をどういう意味で使っているかを解説しましょう。

 防衛庁・自衛隊用語に「正面装備」という言葉があります。この「正面」は「戦闘に直接かかわる」という意味で、正面装備とは戦車、軍艦、戦闘機など。北から攻めてきた敵を、自衛隊の主力部隊が正面の南から迎え撃ち、東と西の側面から別の部隊が攻撃しても、三つの部隊とも「正面装備」で戦うわけです。

 自衛隊で「後方」といえば、この「正面」に対する言葉で、位置を示すのではなく「戦闘に直接かかわらない」という意味。ですから「後方支援」は、戦車、軍艦、戦闘機など戦闘に直接かかわる部隊への支援を意味します。

 これは昔の言葉では兵站《へいたん》、米軍の言葉ではロジスティックス(logistics)。つまり、作戦軍の活動を維持・増進するために、必要な軍需品や補充兵などを送ったり、死傷兵や損傷兵器などを引き取ったりして作戦を支援する、直接戦闘以外の軍の活動全般のこと。

 日本の自衛隊は師団ごとに「後方支援連隊」を持っています。これは武器大隊、補給隊、輸送隊、衛生隊などからなり、師団の各部隊に対して、武器弾薬の補給や整備、燃料や食糧の輸送、負傷兵の治療や輸送などを行います。

 この部隊は、ふつうは戦闘部隊の後方にいますが、必要ならば最前線に近い場所にも行きます。戦闘部隊の頭越しに敵の攻撃を受けることも、もちろんあります。戦車を動けなくするには、破壊するより燃料を断つほうが簡単ですから、燃料の補給部隊は狙われて当然です。

自衛隊用語の「後方支援」は兵站

Question自衛隊用語の「後方支援」は「兵站」とイコールで、
明確に軍事行動の一部なんですね。

Answerそうです。兵站を切り離した軍事行動などありえません。太平洋戦争で、南方の島にいた日本軍が次々に玉砕《ぎょくさい》(全滅)したのは、兵站が断たれて孤立したから。米軍は南から北へ主要な島づたいに攻め上ってきましたから、取り残された島の部隊への補給や輸送は、敵国の中に突っ込んでいくのと同じでした。補給や輸送を意味する「兵站」は、もともと「後方」という位置的な概念とは関係ないのです。

 戦争中、敵が直接戦闘能力のある部隊だけを攻撃し、戦闘能力の著《いちじる》しくの劣る兵站部隊を攻撃しないということもありません。空母に燃料を補給する補給艦は、空母と同じ海域まで進出し、補給中は空母と一緒にいます。敵に空母を攻撃する意図があれば、隣の補給艦も攻撃するに決まっています。兵站部隊が攻撃されやすいからこそ、軍事作戦では「前線」を突破されないように維持し、後方の部隊を守るのです。

政府のいう「後方支援」はまた別?

Questionテロ対策特別措置法では米軍を自衛隊が後方支援するのでしょう。
では、自衛隊は米軍と一体となって軍事行動を取るのですか?

Answer「後方支援」が、自衛隊が部隊名称に冠している「兵站」「ロジスティックス」という意味ならば、そうなります。しかし、だとすると重大な矛盾《むじゅん》に突き当たってしまいます。

 アメリカは今回、テロを自国への戦争行為と見なして自衛権を発動し、制裁のための戦争を始めました。攻撃されたのは、ニューヨークのオフィスビルやワシントンの国防総省であり、日本ではありません。だから日本に自衛権を発動する余地はありません。それでもアフガニスタン周辺の米軍の「兵站」を担当させるために自衛隊を出せば、自衛権の発動以外の「他国の武力行使と一体化した自衛隊の行動」となります。これは集団的自衛権の発動にあたり、明らかに「憲法違反」(内閣法制局)です。

 そこで政府は、「戦闘が行われない地域に出す」「捜索、救助、被災民の救援なども想定する」後方支援だとし、自衛隊用語の後方支援とは違うという理屈を打ち出しています。これは周辺事態法で、戦闘行為が行われないと認められる「後方地域」なる概念を作り、この地域での後方支援は可能という解釈を出したのと、同じような手法です。

集団的自衛権と個別的自衛権

Question集団的自衛権というのは、
何ですか?

Answer不穏当な例かもしれませんが、あえてわかりやすく説明しましょう。ある学校のある学年の1組と2組で、もめごとが絶えなかったとします。そこで、1組のガキ大将のA君が2組に対し「1組の誰か一人にでも手を出したら、1組全体への攻撃と見なして反撃する」と通告します。すると1組のいちばん弱そうな子でも、2組はうかつに手を出せません。これが集団的自衛権です。これに対して、やられたら各人が勝手に反撃するのが、個別的自衛権。1組は西側、2組は東側で、A君はアメリカですね。

 ところで1組のJ君は、かつて暴れん坊でしたが、大ゲンカして徹底的に叩きのめされた経験から、二度とケンカしないと誓いました。そこで、1組の取り決めに参加しない代わり、A君と「万一のときは守ってくれ」と二人だけの約束をしています。この前、Q君がI君にやられたとき、ほかのみんなはI君をやっつけにいったのですが、J君は小遣いを誰よりもたくさん出して、勘弁してもらいました。これが湾岸戦争で、J君は日本、Q君はクウェート、I君はイラク。約束とは日米安全保障条約です。

 今度は、大将のA君が、夜道を歩いていたら不意打ちを食らったのです。暗くてよく見えなかったが、犯人は学校に通っていない危ない連中らしい。A君は殴り込みをかけたが、どうするか。これが現在の状況というわけです。

筋の通った国民的合意が必要

Question自衛隊を出すのは仕方ないかもしれない。
でも自衛隊に戦争をしてほしくはない。どうしたらいいでしょう?

Answer小泉首相は「憲法の前文と第九条の隙間でいくんだ」という意味のことをいい、緊急避難的に、ある意味であいまいな部分を残したまま自衛隊を出すのだとを認めています。これに対して、憲法擁護の立場から出すべきではないという意見、あいまいなまま出すのはよくないから「憲法上、集団的自衛権は認められない」という解釈を変えてから出すべきだという意見などが錯綜《さくそう》しています。少なくとも、このような国家の進路を大きく左右する方針が、国会におけるきわめて短期間の審議で決まり、しかも与野党間の政争の道具に使われているフシが見え隠れすることは、やはり問題だと思います。

 政府のいう「後方支援」と自衛隊のいう「後方支援」すら意味が違うのは、国民にはわかりにくい話ですが、各国はなおさら理解できないでしょう。軍事の常識からもあいまいすぎ、一種のゴマカシが含まれていることは、否定できません。今回の非常時は「特別措置法」でしのぐとしても、今後何年かかけて、しっかり筋の通った国民的な合意をつくっていくことが、必要ではないでしょうか。

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