更新:2008年8月16日
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MOX燃料

●初出:月刊『潮』1999年10月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question「MOX燃料」をイギリスから日本に運び、原子力発電所で使う
と聞きました。どういうことですか?

AnswerMOX燃料《モックスねんりょう》は、プルトニウム―ウラン混合酸化物燃料のことで、Mは「Mixed 」(混合された)、OXは「OXide」(酸化物)を表しています。

 これを説明するには、原子の仕組みや原子炉の原理を知っておいていただくのが早道。ちょっと理科の授業のようになりますが、しばらく付き合ってください。

 すべての物質が「原子」という基本単位に分けられること、原子は「原子核」とその周囲を回る「電子」からなることはご存じでしょう。原子核はさらに「陽子」と「中性子」からできていて、それらの個数は物質(元素)によって異なります。そして、ふつう原子核は安定していますが、ある特殊な場合に「分裂」することが知られています。核分裂すると一個の原子核が二個や三個に分かれ、放射線とともに膨大なエネルギーが出るのです。分裂しやすい物質の代表はウランで、これを軍事目的に使ったのが原子爆弾です。

 この原爆と同じ反応を、ある場所に封じ込めてコントロールしながら起こせば、巨大なエネルギーを使いやすいかたちで取り出すことができます。これが「原子力」です。原子炉は、ウランを閉じ込めてゆっくり分裂させ、発生した熱で周囲を循環する水を沸騰させて、蒸気タービンを回す仕組みになっています。

 ところで、原子炉の中でウランを一度燃やした「使用ずみ燃料」の中には、まだエネルギーとして利用できるウランと、燃やしたことによってできたプルトニウムが残ります。ウランは天然に存在しますが、プルトニウムはウランを燃やさなければ得られません。そして、両方とも適当に処理すれば、再び核燃料として使えます(核燃料の再処理)。

 さらに、ある場合には燃やしたプルトニウムよりも多くのプルトニウムを生成できます。そのための特別な原子炉を「増殖炉」と呼んでいます。資源の少ない日本にとって、核燃料のリサイクルはエネルギー政策の重要な柱。ですからプルトニウムは、ウラン以上に大きな意味を持つ特別な核燃料なのです。

頓挫してしまった高速増殖炉

Questionしかし、日本の増殖炉の「もんじゅ」は
大事故を起こしたのでしょう?

Answerはい。日本はプルトニウムを燃料に使う増殖炉の開発に熱心で、動燃(動力炉・核燃料開発事業団)は茨城県大洗町に高速増殖炉の実験炉「常陽」、福井県敦賀市に同じく原型炉「もんじゅ」を建設しました。原子炉は、実験炉→原型炉→実証炉→実用炉という順番に作って商用化されますが、その二段階目まで進めていたわけです。また、ウランもプルトニウムも燃やせる新型転換炉の原型炉「ふげん」も建設しています。同時に動燃は、早くからMOX燃料の製造に着手し、これらの原子炉の燃料として使ってきました。

 ところが九五年十二月「もんじゅ」がナトリウム漏れの大事故を起こすと、原発、とりわけ高速増殖炉の安全性を疑問視する声が強まりました。「もんじゅ」は現在も依然として止まったままです。増殖炉はふつうの原子炉が水を循環させるところを、活性がとても強い(実験室で保存する時も空気や水との接触を断たなければならない)ナトリウムを使うため、漏れたときの危険性が極めて大きいのです。

 また、青森県に作る予定でった「ふげん」の次段階の実証炉は、コスト的に合わないという理由で建設が断念され、「ふげん」そのものも廃炉の方針が決まりました。

 スーパーフェニックス計画として高速増殖炉の実用化研究を進めていたフランスをはじめ、ドイツ、イギリスなどが、九〇年代の早い時期に、いずれも断念したことも強い逆風となり、日本のプルトニウムのリサイクルは、大きな壁にぶつかってしまったわけです。

プルサーマル計画が進行中

Questionすると、プルトニウムの使い道は
閉ざされてしまったわけですか?

Answerいいえ。高速増殖炉に使う道は当面は遠のきましたが、プルトニウムを原子炉で燃やす方法がもう一つあります。

 「プルサーマル」と呼ばれる方式がそれで、元の言葉は「Plutonium thermal use」。これはふつうの原子炉でプルトニウムを燃やすことを意味します。ふつうの原子炉はウランを燃料にしていますが、その一部(四分の一程度)をMOX燃料に置き換えることによって、プルトニウムを燃やそうというのです。

 実は、プルトニウムはウランよりも毒性が強い物質で、ウランと同様に核兵器を作るのに使えます。ですから、核拡散を恐れるアメリカをはじめ各国は、プルトニウムの拡散に神経をとがらせています。そこで日本は、一九九一年、必要量以上のプルトニウムを持たない(ため込まない)と、世界にむけて宣言しました。

 ところが、高速増殖炉がストップしても、使用ずみ核燃料は全国の原発からどんどん出続けます。これらは、イギリスやフランスの再処理工場に送られ、MOX燃料(プルトニウムとウラン)として日本に返還されます。しかも、高速増殖炉の実用化が頓挫するなどとは夢にも思っていなかった政府は、二兆円を投じて青森県六カ所村に核燃料の再処理工場を建設。これがもうすぐ稼働を始めます。

 すると、プルトニウムを何とかしなければ、国内にたまる一方になってしまいます。そこで九〇年代の中頃から、プルサーマル計画の推進が叫ばれるようになりました。

 九七年一月には原子力委員会が、プルサーマルを二〇〇〇年までに原発三〜四基で導入し、二〇一〇年までに全電力会社で実施する方針を決定。二月には政府がこれを閣議が了承しています。その後、関西電力が福井県高浜町の高浜原発3、4号機で、東京電力が福島県の第一原発3号機で、MOX燃料を燃やすプルサーマル方式を実施することが決まりました。

安全性に問題はないか?

Questionもともとウランを燃やす原子炉でMOX燃料を使って、
安全性に問題はないのですか?

Answerプルサーマルは、すでにフランス、ベルギー、ドイツ、スイスなどで実施され、一応の安全性は確認されています。科学技術庁や電力業界も「特段に技術的な問題はない」としています。しかし、日本の商業炉ではまだ実証データがありません。

 燃料中のプルトニウムはウランよりも中性子を吸収したままになりやすいため、燃料の配置の仕方によっては、原子炉内のエネルギー出力の分布が均一にならない、あるいは制御棒の効きが悪くなると指摘するむきもあります。日本の原発ではヨーロッパの場合より燃焼度を上げて運転する計画で、そこまでするには実証データが足りないとか、安全性を確認しながら時間をかけて進めるべきだとの意見もあります。

 また、「もんじゅ」の事故以来、動燃東海村での爆発事故、それをきっかけに露呈した動燃の不祥事隠蔽《いんぺい》体質、核燃料輸送容器のデータ改ざんなど、原子力行政の信頼性を失わせる問題が続出したため、むやみに急がれているプルサーマル計画に不信感をいだく人も少なくありません。そもそも、MOX燃料を燃やすと、ウランを燃やすよりもコストがかかり、そのコストが電気料金に上乗せされることだけは、はっきりしていますから。

 国、電力業界などは、安全性の確保に全力を上げると同時に、情報公開や市民との対話をいっそう進めるべきであると思います。

 ただし、日本の資源のなさ、石油や石炭など化石燃料から出るCO2問題、化石燃料やウランなど資源の有限性を考えると、高速増殖炉によるプルトニウムのリサイクルを放棄することは得策とは思えません。増殖炉の実用化研究は地道に続けるべきでしょう。

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