更新:2006年9月30日
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村上ファンド

●初出:月刊『潮』2006年8月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

基金や資金という意味

Question村上ファンドの主宰者が逮捕されましたね。
ファンドとは何ですか?

Answer「ファンド」は「基金」や「資金」という意味です。大金持ちで美術愛好家だった山田さんが亡くなり、遺産100億円で美術館の運営や芸術家への支援をする「山田記念財団」が創設されたとすれば、その財産は「山田基金」とか「山田ファンド」と呼ばれます。普通は公社債(国債・地方債・社債)や株式で運用されますが、金利が高いときは銀行に預けてもよいですね。運用益が年に5億円あれば、もとのおカネは減らさずに、年5億円を財団の運営と美術の振興に使えるわけです。

 このように、ある程度まとまった資金で、債券、株式、不動産などに投資されるものをファンドといいます。代表的なものが「投資信託」(投信)で、これは不特定多数の投資家から集めた資金を、専門業者が株式や公社債に投資運用し、得られた収益を出資金の割合に応じて各投資家に返還します。証券会社、投資信託会社、銀行、生損保などで、さまざまな種類の投資信託を購入できます。

 もちろん個人で株式を買ってもよいのですが、どの銘柄がよいか素人ではわからず、限られた資金では買える銘柄も限られます。投資信託ならば、専門家が判断して投資しますし、一口1万円で何口という買い方ができます。また、日本株何%、外国株何%、短期金融商品何%と分散投資しますから、鉄道会社株を100万円買ったが大事故で70万円に、といったリスクが回避できます(ただし、元本は保証されていません。アジア通貨危機や世界同時株安という場合は、ほとんどのファンドで利益が上がらず、出資者が損することもあります)。

 土地や建物に投資する「不動産ファンド」、ベンチャー企業に投資する「ベンチャーキャピタル・ファンド」、企業買収を行う「買収ファンド」、倒産企業に投資する「事業再生ファンド」(別名ハゲタカ・ファンド)などもあります。海外では運用総額数兆円という巨大ファンドも珍しくありません。

 ところで、誰でも買える投資信託は「公募ファンド」の一つですが、特定少数の投資家を対象とするファンドを「私募ファンド」といいます。村上ファンドは、最低出資金が10億円といわれた私募ファンドの一つです。また、分散投資ではなく特定の株式を集中的に買い、経営者にズバズバ注文をつける手法で有名になりました。

ものをいう株主

Question村上ファンドの手法を、
もっと詳しく教えてください。

Answer村上ファンドの実体は、通産官僚出身の村上世彰氏が1999年に設立した「M&Aコンサルティング」という会社が運用する資金です。

 同社は現在、野村証券出身者が代表取締役、警察庁出身者が取締役副社長を務めていますが、村上氏が創業者でオーナー。村上氏は、小学生のとき父親から「今後は小遣いはやらない。これを運用して増やせ」と100万円を渡されて、株取引を始めたそうです。なお、資金運用の実務は、子会社の「MACアセットマネジメント」社が担当しています。

 村上ファンドの創設当初は、実績もなく顧客も少なかったのですが、最初に支援したのは大手リース会社のオリックス(グループCEOは、規制改革・民間開放推進会議議長の宮内義彦氏)。オリックスは、村上氏の会社に出資して役員を送り込むとともに、100億円規模の投資をしたとされます(後に役員は辞任し、出資金の引き上げも表明)。

 村上ファンドが最初に脚光を浴びたのは、2002年に東京スタイルという会社の株式を買い集め、数百億円とされた同社の内部留保を株主配当に回すべきだと強く求めたことでした。内部留保とは、企業が利益金(売上高引く経費)から税・配当金・役員賞与金などを差し引いた残りを留保すること。村上氏は、近い将来、工場を新設するというような計画があればともかく、むやみに内部留保するのはおかしい、会社に出資している株主にもっと還元すべきではないか、と主張したわけです。

 村上ファンドは、その後、内部留保が比較的潤沢にありながら株価が安い会社や、土地などの資産を持ちながらそれを有効活用せずに株価が安い会社などに目をつけて、その株式買収を進め、経営陣に経営改善を迫って「ものをいう株主」との評価を高めていきました。

資金量は4000億円

Question村上ファンドは、
どのように利益を上げるのですか?

Answer村上ファンドが経営陣に注文をつけた結果、株主への配当が増えれば、その会社の株を買おうと思う人が増えます。休眠資産の売却で利益が上がれば、やはりその会社の株を買おうと思う人が増えるでしょう。株を買いたい人が売りたい人より多ければ、株価は上昇していきます。

 村上ファンドは、注文をつける前から、つまり株価が安いうちから株を買っているわけですから、値上がりした時点で売れば大儲けできます。村上ファンドに出資する顧客が大儲けすれば、これまで100億円を預けていた投資家は投資額を150億円に増やすかもしれません。話を聞きつけた別の投資家が、うちは70億円でお願いしたいと申し込んでくるかもしれません。こうして資金量が500億、1000億、2000億と増えていけば、さらに大きな会社の買収を手がけることも可能になります。村上ファンドは、最盛期には4000億円規模の資金を運用していたと見られています。

 2006年6月19日、村上ファンドは47%まで買い進めた阪神株を阪急ホールディングスに売却しました。買値は一株700円、売値は930円ですから、儲けは450億円以上と見積もられます。

インサイダー取引で退場

Questionその村上ファンドの村上氏は、
なぜ逮捕されてしまったのですか?

Answer証券取引法で禁止されている「インサイダー取引」をしてしまったからです。インサイダーは「内部の者」、つまり上場会社の役員・社員や大株主など会社関係者をいい、会社に関する重要事実を知ったインサイダーは、その事実が公表された後でなければ、その会社の株式の売買などをしてはならないとされています(第166条)。たとえば、石油会社の社員が、いち早く海外油田の爆発事故を知り、その公表前に持っていた自社株を売れば、これはインサイダー取引で「三年以下の懲役もしくは三〇〇万円以下の罰金」です。

 第167条には、5%以上の株式取得を目指す公開買い付けについての事実を知った者は、その公表後でなければ、その株式を買い付けてはならないという意味の規定もあります。村上世彰氏はライブドアの堀江貴文社長から、同社がニッポン放送の株式を5%以上取得するという話を聞き、その事実が公表されない時点で買い付けたため、東京地検に証券取引法違反容疑で逮捕されました(2006年6月5日)。

 インサイダー取引は、インサイダー情報に接することができない多くの投資家に不利益をもたらし、証券市場の信頼を損なう代表的な不公正取引です。村上氏も「職業として株式投資に関わる者としては失格」と、容疑を認めています。

 もっとも、株式会社への出資者である株主の声を聞かずに、のらりくらりと経営する経営者は問題だという村上氏の言い分には、うなずける部分も少なくありません。会社は誰のものか、もっと株主の利益も考えよと経営者に警鐘を鳴らした点では、村上ファンドは一定の役割を果たしたと思います。

 ただし、村上氏と同じような主張をして高値で売り抜ける仕手筋《してすじ》(投機目的で株式を売買する勢力)は昔から存在しました。それと村上ファンドはどこが違うのか、示すことができないままに市場から退場を求められたのは、村上ファンドの最大の失敗であったと思います。

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