更新:2008年8月6日
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年金改革法案

●初出:月刊『潮』2000年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question年金改革法案が国会で可決、成立しましたね。
その中身を教えてください。

Answer今回の改革に触れる前に、まず日本の年金制度について説明しておきましょう。

 年金とは、主として老齢、遺族、障害などに対する経済的な備えとして金銭を定期的に給付する制度。国が法律に基づいて行う「公的年金」と、民間が自由に行う「私的年金」があります。

 ところで、公的年金はどの国でも、まず軍人や官僚から始まり、次に国営産業や基幹産業の労働者やホワイトカラー、最後にその他の一般国民という順番で広まりました。その歴史が現在の年金制度にも色濃く反映されています。

 明治政府が軍人や官僚に恩給を支給しはじめたのは、帝国憲法の制定よりも前。その後、恩給が出ない官庁の職員には共済組合が作られました。これらが戦後「共済年金」(共済組合の年金)として一本化され、主として公務員が加入しています。

 戦争中には船員保険、ついで工場や鉱山に働く人のための労働者年金が始まりました。これが現在の「厚生年金」で、民間の給与生活者が対象です。

 一九六一年には、共済年金にも厚生年金にも入っていない人のために「国民年金」が作られました。主として自営業者が対象です。これで二十歳以上六十歳未満の日本国民は、共済、厚生、国民のどれかに必ず入ることになり、"国民皆年"体制が確立したわけです。

 その後、一九八五年に抜本的な公的年金改正が行われ、国民年金が全国民に拡大適用されることになりました。この結果、だれでも共通な定額の「基礎年金部分」が(国民年金から)支給されます。そして、働き盛りの時代に得た給与によって増減する「報酬比例部分」が従来通り厚生年金や共済年金から支給されます。サラリーマンが厚生年金に入ると、同時に国民年金にも加入する二重加入の仕組みで、定額の上に報酬比例が乗る"二階建て"の給付になっているのです。

今回の年金改革のポイント

Question年金の仕組みはだいたいわかりました。
今回の改革でどこがどう変わるのですか?

Answer改革の柱は、第一に、二十歳以上のすべての国民が加入する基礎年金の国庫負担割合を、現在の三分の一から二分の一に引き上げます。これは六年前の国会で決議されていることですが、今回は二〇〇四年までに安定した財源を確保したうえで実施するとしています。

 第二に、厚生年金と共済年金の報酬比例部分の伸びを原則として五%削減します。四月以降の新規受給者から伸びを抑え、時間をかけて給付水準を引き下げるので、現在もらっている年金額が五%少なくなるわけではありません。

 第三に、これまで賃金と物価の二つの上昇率に合わせて行ってきた給付額の引き上げを、物価上昇分だけとし、賃金上昇分は凍結します。

 第四に、現在六十歳となっている厚生年金の報酬比例部分の支給開始年齢を、男性の場合は二〇一三年度から二〇二五年度にかけて段階的に(三年に一度一歳ずつ)、六十五歳に引き上げます。女性は五年遅れで実施します。なお、基礎年金部分は二〇〇一年度から二〇一三年度にかけて六十五歳支給とすることが、すでに決まっています。

 このほか、現在月給をもとに計算している厚生年金の保険料を、二〇〇三年度からボーナス分をより反映させた年収ベースで徴収します。また、二〇〇二年度からは六十五〜六十九歳で働いている人からも厚生年金保険料を徴収します。

 つまり今回の年金改革は、公的年金の給付額を少し減らし、支給開始を遅らせ、国庫負担を増やす方向というわけです。

背景に急激な少子化、高齢化

Question年金制度を手直しする
理由はなんですか?

Answer食べるものがよく医療水準も高い日本は世界有数の長寿国ですが、一方で、出生率の低下──いわゆる少子化が急速に進んでいます。現在六人に一人の六十五歳以上人口は二〇一〇年には四人に一人となると考えられ、かつてどの国も経験したことのない急激な高齢化が進行しているのです。

 年金は働く世代が保険金を負担し、働かなくなった高齢者に給付するシステムですから、社会の高齢化が進むと、若い世代の負担が大きくなります。九八年二月に厚生省が出した「年金白書」によると、民間サラリーマンが加入する厚生年金では、支払いを約束した年金額が七八〇兆円、対して集めた積立金が一八〇兆円となっています。差額六〇〇兆円を埋めるには、支給額を減らすか、加入者の負担額を増やすか、国庫負担額を増やすかしかありません。

 現在、サラリーマンの年金保険料は月収の一七%程度(ボーナスを入れると一三%程度)でこれを労使が折半にしていますが、制度を変えないと、二〇二五年頃には月収の三分の一程度を年金に振り向けなればならない計算です。働く世代は、子育てや家の購入など支出がかさみますから、到底やっていけません。そこで、給付額を減らし、支給開始を遅らせようというのです。それでも将来は収入の四分の一以上を年金保険料に持っていかれる計算です。

 また、厚生年金や共済年金は保険料を給与から天引きされますが、国民年金は月額一万三三〇〇円を自主的に納付する仕組み。そのため未納率が九八年度末に二三・四%と、払わない人がとても多いのです。そのことが、無理して払っても将来あまり年金を受け取れないのではないかという国民年金不信を生んでいます。国が半分負担するなら得と多くの人が思えば、払わない人も減り、揺らぐ制度の立て直しにつながります。

問題先送りの気配濃厚だが

Question今回の年金改革で
問題は解決なのですか?

Answerいえ、今回は抜本的な改革に踏み込むことができず、多くの問題が先送りになりました。

 まず、現在年金を受け取っている人や、もうすぐ受け取る人にはあまり影響がなく、現在四十代の働き盛り以下の世代が将来大きな影響を受けることになります。部分的な手直しによって、政治的無関心が多い、あるいはそもそも選挙権がない若い世代に、ツケを先送りしたかたちになっています。

 ここ数年議論されてきた国庫負担の引き上げも、財源を明確にしないまま、二〇〇四年に先送りされました。景気回復の兆しがいわれますが、日本経済は公共投資やリストラによってゲタをはかせた状態ですから、企業の納税額がそう簡単に増えるとも思えません。そうなると財源は広く浅く取る消費税を当て、現在五%の税率を七%とか一〇%に上げていくくらいしかなさそうですが、選挙の前ですから誰もそのことには触れないのです。

 年金保険料を払わない人の対策、年金が支給される六十五歳までの雇用促進策、莫大な積立金運用の成績不振の責任なども、ほとんど議論されませんでした。これまで国民年金は五年に一度くらいの割で、支給額を下げたり保険料を上げたりという泥縄的な対応に終始してきましたが、これから先も同じではないかという"年金不信"は一掃できてはいません。

 日本の公的年金制度について、選挙や政争と切り離して徹底的に議論し、抜本的なシステム改革に踏み切るべきときが、いまではないでしょうか。

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