更新:2006年9月30日
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日米地位協定(2004)

●初出:月刊『潮』2004年11月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

1960年に締結

Question沖縄米軍ヘリ墜落で問題になった
日米地位協定について教えてください。

Answer日米地位協定は44年前、日本に駐留するアメリカ軍の地位に関して、日米政府が交わした協定です。日米安保条約と不可分のものともいえます。

 1945年に太平洋戦争が終わると、アメリカ軍は日本に進駐し、占領統治を開始しました。1951年に、日本がサンフランシスコ講和条約で独立を回復すると、占領も終了します。

 しかし当時は米ソ両陣営が「冷戦」で対立し、「熱い戦争」も朝鮮戦争の真っ最中。朝鮮半島で戦う国連軍は実質的に米軍で、米軍が日本から撤収するような状況ではありません。そこで、1952年に旧・日米安全保障条約が結ばれ、米軍は日本に駐留し続けました。このとき日米政府間で、日本やその周辺における米軍の権利その他を定めた協定が結ばれました。これを「日米行政協定」と呼んでいます。

 日米行政協定は、施設・区域の無償提供、物資や労務などの優先的調達、防衛分担金規定などについての取り決めです。ところが、たとえば米軍人・軍属・家族が日本で起こした犯罪の刑事裁判権に関しては、徹底した「属人主義」(人がどこにいるかを問わず、本国法の適用を受けるという考え方)がとられ、日本側には裁判権が認められていません。国会の承認手続きがない点でも、非常に問題のある協定でした。

 その後、1960年に新・日米安全保障条約が結ばれると、同時に「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」も締結されました。これが現在まで続く「日米地位協定」で、前文と本文二八条からなり、交換公文と議事録がついています。新しい協定の位置づけは、条約とほとんど同じと考えてよいでしょう。

刑事裁判権は不平等も

Question日米地位協定には、
具体的にどんな事柄が定められているのですか?

Answer「合衆国軍隊の構成員」「軍属」「家族」の定義(たとえば軍属は米軍に雇われている米国籍の民間人)に始まって、施設・区域内で米国は必要なすべての措置を取ることができる、施設・区域の返還時に原状回復や補償の義務はない、日本政府は気象業務を米軍に提供、米軍人は旅券・査証に関する日本国法令の適用除外、日本は米軍人・軍属・家族の運転免許証・許可証を有効と承認、米軍部隊は税関検査免除といったことが、あれこれ書かれています。

 古い行政協定と比べると現在の地位協定では、刑事裁判権に関して、施設・区域外の犯罪は公務を除き日本に裁判権があるという「属地主義」(人の国籍を問わず、その場所の法の適用を受けるという考え方)が部分的に導入されています。一方、地位協定第一七条三(a)は「合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する」と書かれ、たとえば米軍人同士の殺人事件や、米軍人が公務で戦車走行中に人をはねた場合は、米軍に裁判権があることになります。

 同条三(c)には「第一次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると認めた場合において、その他方の国の当局から要請があったときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない」とあり、裁判権はこちらだと要請すれば考慮すると、あいまいな書き方になっています。

 さらに第一七条五(c)には「日本国が裁判権を行使すべき合衆国軍隊の構成員又は軍属たる被疑者の拘禁は、その者の身柄が合衆国の手中にあるときは、日本国により公訴が提起されるまでの間、合衆国が引き続き行なうものとする」とあります。これは犯罪を起こした米軍人が基地に逃げ込んでMP(憲兵)に捕まれば、起訴までは日本警察に渡さないという規定。すると容疑者の事情聴取なしで起訴しなくてはならず、おかしな規定です。このように日米地位協定には、刑事裁判権や警察の捜査権に関して不平等や不合理な面があることは否定できません。

運用改善で対応するが

Question不平等なのに、これまで問題に
ならなかったのですか?

Answer大問題になりました。1995年9月、沖縄で米海兵隊3人が小学生を拉致《らち》、強姦するという忌《い》まわしい事件が起こりました。このとき米軍は、地位協定に基づいて犯人引渡しを拒否したのです。日本政府も弱腰で沖縄の怒りが爆発。県民総決起集会や県知事の未契約軍用地強制使用の代理署名拒否などで強く抗議し、アメリカも対米感情悪化に危機感を抱いたため、日米地位協定の「運用改善」が図られました。

 というのは、地位協定の第二五条に設置が定められた日米合同委員会で「合衆国は、殺人又は強姦という凶悪な犯罪の特定の場合に日本国が行うことがある被疑者の起訴前の拘禁の移転についてのいかなる要請に対しても好意的な考慮を払う」との合意がなされたのです。地位協定の条文改正はしないが、殺人や強姦に関しては身柄を引き渡すと約束したわけです。

 8月13日に沖縄県の米軍普天間飛行場そばで米軍の大型輸送ヘリが沖縄国際大構内に墜落したときは、米軍が現場を立入禁止にし、警察その他を一切立ち入らせないまま事故機を撤去してしまいました。

 これも、日米地位協定の合意議事録(締結時の合意をまとめた付属文書)に「日本国の当局は(中略)所在地のいかんを問わず合衆国軍隊の財産について、捜索、差押え又は検証を行なう権利を行使しない」と書いてあるから。墜落したヘリは米軍の財産で、捜索しないのは合意済みの話。もっとも議事録には「合衆国軍隊の権限のある当局が(中略)捜索、差押え又は検証に同意した場合は、この限りでない」とも書かれ、過去には米軍と警察が合同で現場検証をした例もあります。米軍の対応はその時どきで違うようです。

冷静な議論が必要

Questionなぜ運用改善という
ハッキリしない対応なんですか?

Answerアメリカは多くの国に駐留しており、日米地位協定に似た協定を各国と結んでいます。そして、実は日米地位協定は、NATO協定と並んで受け入れ国にもっとも有利な規定だといわれています。それを日米協定だけさらに改定することはできないというのが、合意による運用改善を図る理由です。

 それでも米軍人に有利なのは、米軍は日本に駐留しても、自衛隊はアメリカに駐留しないから。日米安全保障条約の眼目は、第五条の「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動する」との条文。アメリカは日本への攻撃を自国への攻撃と見なして戦争すると書いてあり、逆の条約は存在しないのです。

 もちろん「片務的な条約」だからといって、日本にいる米軍に好き放題やらせてよいはずはありません。沖縄県警が2003年に摘発した県内の米軍人・軍属・家族による犯罪は112件/133人と5年連続の増加。イラク戦争で荒れているのか、米軍人は前年の倍。日本は綱紀粛正を強く求めるべきですし、米軍ヘリ墜落についても、警察に捜査させないとはどういうことかと抗議し、改善を迫るべきでしょう。普天間飛行場の移設問題をはじめ、沖縄に基地が集中する問題も、日米政府は真摯《しんし》に考えなければなりません。

 ただし、日米地位協定そのものの見直しは日米安保条約とからみ、日米安保の問題は憲法とからんできます。いたずらにアメリカ出ていけと叫んでも、問題は解決しません。私たちは冷静に、この国の安全保障についての議論を深めていきたいものです。

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