更新:2008年8月6日
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日銀法改正

●初出:月刊『潮』1996年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question日銀法の改正が検討されていると聞きました。
どういうことですか?

Answer日銀法は正式には「日本銀行法」といいます。第二次世界大戦の真っ最中の一九四二年に制定された法律で、日銀の目的や機能を定めています。

 日本の中央銀行である日銀は、もとは一八八二年(明治十五年)「日本銀行条例」に基づいて創設された株式会社でした。それが、ナチス・ドイツのライヒスバンク法を手本にした戦時立法によって、国家統制色の強い特殊法人に再編成されたのです。

 戦後は、GHQ(連合軍総司令部)が主導する経済改革の一環として、日銀の政策決定を民主化する政策委員会を置くための法改正(一九四九年)がなされました。しかし、こうした一部の手直しを除くと、基本的には「国家総動員」的な非常時体制のままで、今日に至っています。

 実は、日銀法を改正すべきかどうかという検討は、今から四十年近く前にすでに行われています。一九五七年から六〇年にかけて、金融制度調査会が日銀制度について審議しており、日銀の政策に対して大蔵大臣の指示権を認めるべきかどうかで激論を交わしているのです。

 それが、大和銀行事件や住専(住宅金融専門会社)問題などをきっかけとする大蔵省改革や金融行政改革論議のなかで、再び浮上してきました。たとえば、大蔵省を解体し予算庁、税務庁、金融庁の三つに再編すべきというような議論がありますね。これには大蔵省が省をあげて必死で抵抗することが目に見えています。そこで、とりあえず誰が見ても改正の必要ありと思われる日銀法あたりから手を着けたらどうか、という話なのです。

 ですから、現在の日銀法改正論議は、大蔵省改革をめぐる政治家や官僚の思惑が複雑に入り組んで、やや「動機不純」な面があります。けれども法改正自体は、今日まで放置されてきたことが不思議なくらい、当然のことです。

政治からの独立性が問題

Questionどんなことが
問題なのでしょうか?

Answer最大の問題は、日銀法によって、日銀の政治からの独立性が十分に確保されているかということです。

 日銀は、諸外国の中央銀行と同じく、(1)発券銀行(紙幣を発行できるのは日銀だけ)、(2)銀行の銀行(金融機関は日銀に預金したり、日銀から貸し出しを受けたりする)、(3)政府の銀行(国庫金の出納事務などを行う)、(4)金融政策(公定歩合操作、預金準備率操作、公開市場操作などによって、カネの流れを調節し、経済の安定を図る)といった機能を持っています。

 たとえば、景気が停滞し、モノが売れず在庫がだぶつき、倒産や失業も増え始めたというときは、日銀は公定歩合を下げます。公定歩合とは、日銀が金融機関にカネを貸し出す金利を意味しますから、これが下がると市中の金利も下がります。すると企業や個人は銀行からカネを借りやすくなり、消費や設備投資が刺激されます。景気は上向き、モノも売れ始め、倒産や失業が減るというわけです。

 逆に、景気が過熱し、インフレーション(モノ不足や物価上昇)気味のときは、公定歩合を上げます。すると、カネは貯蓄に回り、消費や投資は減って、生産が縮小されます。モノ不足は解消され、物価も落ち着くわけです。

 公定歩合操作のほか、預金準備率操作や公開市場操作(買いオペ、売りオペ)も、こうした金融機能を持っています。

 しかし、長期的な物価安定はたしかに国民の利益になりますが、景気を引き締めインフレを抑制する金融政策が、必ずしも国民全体の支持を受けるとは限りません。とくにメーカーは、世の中が少々インフレでも、自分の工場がフル稼働しているほうがよいと考えがちです。すると、日銀の金融緩和策は歓迎しても、金融引き締め策には反対するでしょう。

 問題は、こうした企業の考えが、政治的な圧力となって日銀にむけられた場合です。現在の日銀法のもとでは、その圧力を日銀がはねのけられない心配があるのです。

日銀法の問題部分

Question具体的には、日銀法の
どんな部分ですか?

Answerまず、戦後導入された政策委員会ですが、本来ならば日銀の上部に位置するべきものが、日銀の内部組織として発足し、形骸化しています。(関連条文は第十三条)

 政府と日銀の関係では、大蔵大臣が日銀総裁に一般的業務命令権、監督権を持つとされ、政府からの独立性が十分に確保されていません。政策や業務全般について政府の承認が必要なので、日銀が政府の意向に反して動くことはできないのです。また、内部では日銀総裁に権力が集中している(役員集会は合議制でなく、総裁が統裁する)ため、日銀総裁の個人的な資質によって政府との関係が左右されてしまいます。(第十五条、四十二条、四十五条)

 大蔵大臣が日銀の役員の罷免権を持つとされていることも、独立性を損ない兼ねない規定です。(第四十七条)

 先に触れた公定歩合については、公定歩合の変更が日銀の専管事項であることが明記されておらず、事実上、大蔵省の影響力が無視できないと考えられています。また、日銀の政策決定にかかわる大蔵省と日銀の協議内容などの情報公開の規定がなく、透明性を欠いていることも大きな問題です。そこで、結果的に「アカウンタビリティー」(責任体制)が不明瞭になってしまいます。(第一条、第二条、第二十一条、第四十二条、第四十三条)

 こうして、現在の法制度下の日銀は、大蔵省(政府)からの独立性がほとんど確保されていない、先進諸国でも、もっとも弱体の中央銀行となっています。

 そして、日本では自民党の単独政権が長く続き、自民党の有力者が歴代大蔵大臣を務めてきました。その自民党は、企業献金に支えられ、「政府与党」という言葉が何の注釈もなしに通用するように、自民党と高級官僚も一体化していました。

 この「政・官・業」癒着システムの下では、経済界が、政治や行政を通じて、日銀の政策を左右しても、何の不思議もありません。実際、「平成の鬼平」と呼ばれた三重野康・日銀総裁時代に、自民党の大ボス金丸信・副総裁が「三重野のクビを取っても、公定歩合を下げるべきだ」といった話は有名です。

徹底的な金融行政改革を

Question住専処理機関に、日銀から何千億円が特別融資されたというような決定も、政治家や大蔵省の意向のままなのでしょうか?

Answer一から十までいいなりとは思えませんが、大蔵省と日銀の間でどのような協議がされ、何を根拠に融資額を決めたかといった情報は、一切公表されていません。日銀法には、こうした融資についての規定や歯止めが、まったく存在しないのです。

 日銀は、九四年末に経営が破綻した東京共和信組と安全信組を処理する東京共同銀行には約一〇〇〇億円の低利融資、九五年夏にはコスモ信組に約五〇〇億円、木津信組と兵庫銀行に約六〇〇〇億円の特別融資を行いました。

 「日本の金融・信用システムの維持」のためといわれれば、国民は不審に思いながらも、納得するほかありません。しかし、ほとんどの国民は、金融機関から借りた住宅ローンや教育ローンを毎月いくらかずつ、正直に返済しているのです。

 何百億、何千億円という借金ならば踏み倒すことができ、その際つぶれてしまう金融機関に対しては、日銀からカネが出る。しかも、その金額は、大蔵省と日銀が密室で勝手に決めるというのでは、国民はまったく救われません。

 この国では、日銀法改正だけにとどまらず、大蔵省の解体を含む徹底的な金融行政の改革が必要だと思います。

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