更新:2006年9月30日
現代キーワードQ&A事典の表紙へ

日銀による株購入

●初出:月刊『潮』2002年12月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Questionニュースで「日銀が株式を購入する」と聞きました。
どういうことですか?

Answer日本国の中央銀行である日銀(日本銀行)は、2002年9月18日、「主要な銀行が保有する株式を、市場を通さずに買い取る」という新方針を発表しました。

 日銀は、各国の中央銀行と同じように、(1)発券銀行(日本銀行券=紙幣を発行する)、(2)銀行の銀行(銀行に当座預金口座を開かせカネを貸し出す)、(3)政府の銀行(国庫金を預かり出納《すいとう》事務をする)、(4)金融政策(公定歩合操作、各種オペレーション、預金準備率操作などで市中の通貨量を調整し、通貨価値を安定させ、景気を調節する)の四つの機能をもっています。

 しかし、株式の購入は、日銀の仕事としてはまったく想定外で、先進国の中央銀行でも例がありません。ですから日銀法第43条「目的達成上必要がある場合において、財務大臣及び内閣総理大臣の認可を受けたときは、この限りでない」という例外規定に基づいておこなわれます。株式の購入が「禁じ手」「ウルトラC」などといわれるのは、そのためです。

 背景にあるのは、もちろん最近の株安。アメリカの株安を引き金に日本の株式市場は下落を続け、2002年9月には日経平均株価が9000円を割り込みました。10月10日には一時8100円台に突入し、終値8439円。これはバブル経済崩壊後の最安値で、1983年3月以来、実に19年7か月ぶりの低水準でした。

 株安が進むと、銀行が持っている株式の評価損(購入したときの価格と時価とのマイナス)は膨大《ぼうだい》になります。9000円割れで大手銀行が保有する株式の「含み損」(計上前の損)は4〜5兆円に達したと見られます。これは銀行の1年間の収益を軽く吹き飛ばしてしまう額。銀行は株価低迷によって体力を失い、金融システムの根幹が揺らぐ心配があるのです。そこで大手銀行の保有株式を日銀が買い取り、経営を支えようというわけです。

2003年秋までに総額2兆円

Question具体的には
どうするのですか?

Answer日銀政策委員会が10月11日に決めた方針によると、日銀は資本金をはじめとする「中核的自己資本」を上回る株式を持っている大手銀行など十数行を対象に、時価による買い取りを年内に始め、総額2兆円を上限に2003年9月まで続けます。買い取り額が2兆円に達しない場合は、期間を1年延長します。

 買い取りの対象は、格付けが投資適格等級(トリプルB以上)の上場株式。日銀が買った後に株式の価格が下落して含み損が出たら、上半期末と年度末に同額を引き当て(損失として計上し)、日銀の資産の健全性を確保します。

 購入した株式は、原則として2007年9月まで保有し、その後2017年9月までに相場の動向を見ながら売却する方針です。銘柄ごとに買い入れ上限を「発行済み株式総数の5%」に限定。株主になると株主総会で議決権を行使でき、大株主なら経営に参画することもありますが、今回は委託する信託銀行が株主名簿に名前を出して日銀は表に出ず、経営にも参画しません。

Question「中核的自己資本」とは
何ですか?

Answer銀行も一般の事業会社も資本を元手にビジネスをしています。資本のうち、企業の所有者が出資した資本金と、企業内部で蓄積された積立金・準備金・剰余金などの留保資本を合計したものが「中核的自己資本」です。株式や土地の評価益の一部、貸し倒れ引当金、優先株などは「補完的自己資本」。自己資本に対して他人資本は、借入金や社債などの資本をいいます。

銀行が株式を売る理由は?

Question銀行は、なぜ「中核的自己資本」を越える株式を
売らなければならないのですか?

Answer2001年11月に成立した「銀行株式保有制限法」で、銀行(農林中央金庫と信金中央金庫を含む)の保有できる株式の総額が、2004年9月までに中核的な自己資本以下に制限されることになったからです。

 以前から日本の大手銀行は、「BIS規制」(BISは国際決済銀行)という自己資本比率に関する国際的基準を満たすことが義務づけられています。これは、「資本金+株式含み益など」を「リスク(危険性)に応じてある割合を掛けた資産(融資額)の合計」で割り算した結果が8%以上でなければならない規制。8%以下の銀行は国際業務ができず、海外支店を手仕舞わなければなりません。

 株安で株式の含み損が拡大すると、上の計算式の分子が小さくなりますから、基準を達成しにくくなります。すると、株安のときは、銀行が保有する株式を減らしたほうがよいことになります。

 また、会計制度が変わり、株や債券など有価証券の「時価会計」が導入されることになり、株式を大量に持つ銀行への影響が大きくなりました。企業同士や、企業と銀行が持ち合っている株式(持ち合い株)は、2002年3月期から時価評価が義務付けられ、含み損が発生した場合は、その約6割を自己資本(株主資本)から減額しなければなりません。すると、やはり株安のときは、銀行が保有する株式を減らしたほうがよいことになります。

 そこで、「銀行株式保有制限法」が作られました。ところが大手銀行の中核的な自己資本は約17兆円、それを越える株式保有総額は7兆円前後と見られ、銀行は7兆円分を2年後までに証券市場で売りさばかなければなりません。しかし、市場は20年前に後戻りしたような大幅安。売るに売れない状況だったところへ、日銀が買い取りを発表したわけです。

日銀の本当の狙いは何か?

Questionでも、7兆円も出てくるもののうち
2兆円分だけ引き受けても、効果は薄いのでは?

Answerその通りです。日銀の買い取りは市場を通さないので、株価にはただちに影響せず、株主が銀行から日銀に代わるだけです。もっとも、2兆円分の優良株が「塩漬け」にされる(市場に出てこなくなる)ため、優良企業の株価の下支えにはなるでしょう。

 一方、日本の金融不安の元凶である不良債権処理の遅れにどれほど役立つかといえば、直接的な影響はありません。9月20日の米『ウォールストリート・ジャーナル』は、「自暴自棄《じぼうじき》の行為で恐らく大失敗に終わるだろう」と酷評したほどです。

 ですから日銀の「奇策」は、直接的な実効性よりも「異例の措置を講ずる必要があるのだ」というアナウンス効果に重きを置いたものと考えるべきでしょう。「金融システム不安を回避するため公的資金の注入を含めた対応が必要」とする日銀は、「金融不安はなく大手銀行は健全経営」とする金融庁と対立しており、一歩踏み込んで危機意識を露《あら》わにしたわけです。その後、小泉内閣の改造で柳沢金融担当相が更迭《こうてつ》され、2004年度までに不良債権処理を終えるという方針が打ち出され、とりあえず日銀の狙いは当たったといえるでしょう。

 しかし、日本経済はこれからが本当の、そして恐らく最後の正念場です。バブル崩壊以後ごまかし続けてきた不良債権は、ここ数年でかえって拡大。今度処理を誤れば取り返しがつかないところまで来ています。徹底的に不良債権を洗い出し、つぶすべき銀行や企業はつぶし、税制を変え、新しい産業を生みだしていく「構造改革」を進める以外に、日本経済の再生の道はないだろうと思います。

「現代キーワードQ&A事典」サイト内の文章に関するすべての権利は、執筆者・坂本 衛が有しています。
引用するときは、初出の誌名・年月号およびサイト名を必ず明記してください。
Copyright © 2002-2015 Mamoru SAKAMOTO All rights reserved.

Valid CSS! Valid XHTML 1.0! Another HTML-lint がんばりましょう! 月刊「潮」 坂本 衛 すべてを疑え!!

現代キーワードQ&A事典の表紙へ
inserted by FC2 system