更新:2008年8月16日
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リストラ(リストラクチャリング、事業再構築)

●初出:月刊『潮』1994年3月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

Question最近「リストラ」が流行り言葉のように使われていますね。
どういう意味なんですか?

Answerはい。「リストラ」は「リストラクチャリング」の日本式の略語で、もともとは「作り直し」という意味。一九八〇年代以降、アメリカのビジネス社会で「事業の再構築」「事業の再編」を意味する言葉として、盛んに使われるようになりました。

 具体的には、採算の取れない部門の切り捨て、人員整理、成長性の高い分野への進出や特化などによって、生産性を向上させ収益力を高めること。たとえば電機メーカーのGE(ゼネラル・エレクトリック)は、八七年までの五年間で二三二の子会社を売却、七三の非効率な工場を閉鎖、二万数千人の人員をカット。同時に、儲かりそうな分野に集中的に設備投資し、人員を配置したのです。アメリカの経営者たちはこうしたダイナミックな動きを「創造的破壊」と表現しています。この動きはM&A(企業買収・合併)によって加速され、企業の業態変化にとどまらず、業界の再編成が進みました。その結果、アメリカでは製造業の生産性が著しく向上し「製造業の復活」がいわれました。

「平成大不況」が引き金

Questionわが国で「リストラ」が叫ばれるように
なった背景はなんですか?

Answer日本でも八〇年代、鉄鋼業界が電子部品、ソフトウエア、不動産関連などに事業を多角化し「複合経営」を目指したことを、リストラクチャリングと呼びました。しかし最近、とくに九二年春以降、企業が叫ぶリストラは、バブル経済の崩壊による「平成大不況」が不可避なものにしたといえるでしょう。バブルの絶頂期には、好況は戦後最長だった「いざなぎ景気」を抜く勢いといわれました。山が高ければ谷も深いのは当然で、いまの不況は戦後最長です。

 企業はバブル時代、異常な株高を背景に株式市場から巨額の資金を調達し、設備投資へ回して急激に事業を拡大しました。同時に社員をどんどん採用しました。総務庁の調査によると、日本の雇用者数は八五年の四三〇〇万人から九一年の五〇〇〇万人とおよそ七〇〇万人も増えています。しかし、株価や地価などの異常な膨脹《ぼうちょう》がしぼむと、消費は一気に冷え込み、ものが売れなくなりました。

 今回の不況が始末に悪いのは、不良債権(貸し倒れ)が数十兆円以上と金融機関が極めて大きな痛手を負っていること。さらに、円高が輸出で採算が取れないレベルまで進行し、製造業に大打撃を与えていることです。水膨《ぶく》れした設備と人員がバブル時代のままでは、企業は生き残れないというのが、現在のリストラの始まりなのです。

人減らしの代名詞

Question日本のリストラは、八〇年代アメリカのリストラクチャリングに比べると、
人減らしという面ばかりが目立つようですが?

Answerええ。企業の人減らしが報道されない日はありませんが、新分野に果敢に挑戦するという記事はあまり見当たりません。アメリカ流のリストラクチャリングには、不採算部門の切り捨て(人員整理)と高成長分野への進出という二つの側面がありました。対していまの日本のリストラは、過剰な設備は操業度を落とし、過剰な人員は雇用調整で対応するという後ろ向きの話ばかり。流行り言葉の「リストラ」と言い換えて、「人減らし」にともなうマイナスイメージを薄めたいという意図すら感じられます。

 もっとも、成長分野が簡単に見つからないほど平成大不況は深刻で、八方塞《ふさ》がりなのだともいえます。不動産やリゾートなどの多角化が失敗に終わって処理に手を焼く企業も多く、本業以外には怖くて手を出せないという雰囲気が強いのです。そもそも日本の企業はドラスチック(激烈・徹底的)な変化を好まず、業態を大きく転換させることが不得手《ふえて》。むしろ横並び意識から、業界他社が多角化なら自社も多角化、業界他社が人減らしなら自社も人減らしとなりやすいのです。

 バブル時代は成熟の時代で、さまざまな製品やサービスが家庭に行き渡ってしまい、新しい商売のネタが見当たらないという事情もあるでしょう。家電やAV分野では大型の新製品が出にくくなっています。不良債権の処理に苦しむ銀行が貸し渋りしていることも、新しい挑戦が見られない理由のひとつです。

 また、オイルショックや円高不況で合理化を重ねてきた生産部門(工場)は、合理化の余地が少ないのです。一方、ホワイトカラー(事務・管理・営業部門)はこれまで合理化の対象にならなかったうえ、バブルで過剰な人員を抱え込みました。八五年から九一年にかけて増えた七〇〇万人のうち、四分の三がホワイトカラーといわれます。この存在が大きいため、リストラで雇用調整が全面に出てきたのです。

一時帰休や希望退職も拡大

Question雇用調整としてのリストラには、
どんな方法がありますか?

Answerもっとも一般的なのは労働時間の短縮で、残業(所定外労働)時間の抑制、所定内労働時間の抑制、休日の増加など。「ゆとり」とは名ばかり、本音は経費削減(残業代を浮かす)や操業短縮(操短)というわけです。次に行うのが新規・中途採用の削減や中止。今年、来年と就職戦線はかつてない大激戦になっています。パートや期間工の採用中止、外注・下請けの削減という手もあります。これで済まないとなると、配置転換や出向が広がります。管理部門から営業部門へ、あるいは研究・製造部門から営業部門への配置転換、販売会社など関連会社への出向が増えています。

 さらに事態が深刻になると、一時帰休が始まります。「帰休」は、昔、繊維産業などで女子従業員を親元に帰したことから出た言葉。一時休業ですから雇用関係は継続し、会社はその間の賃金(労働基準法は六割以上の休業手当てと定めています)を支払います。電機メーカーの日立は九二年秋からVTR製造部門で月二日間の一時帰休を実施。九三年三月には繊維の東洋紡が実施。秋には新日鉄、NKK(日本鋼管)、住友金属など大手鉄鋼メーカーが相次いで実施。川崎製鉄や神戸製鋼所も一月から実施する予定です。鉄鋼業界は、雇用保険法に基づく雇用調整助成金制度の業種指定を受けており、雇用保険から休業手当ての二分の一(上限は九〇四〇円)が支払われ、企業の負担が軽減されています。

 あとは、希望退職を募るか、解雇するくらいしかありません。音響機器のパイオニアは九二年一月、退職金の割り増しを条件に管理職三五人に退職を勧奨しました。退職金を上乗せして希望退職者を募集したり、いわゆる「肩叩き」で人を減らす動きは、急速に広がっています。労使協調が重視される日本では、企業が強制退職や指名退職などを行うことは少ないとされていますが、中小企業などでは会社の一方的な解雇通告も珍しくありません。大企業でも、机もない地下室に異動させて仕事を与えず、結果的に強制退職させるというような陰湿な例が増えているようです。

長期的視野に立ったリストラを

Questionリストラの今後の見通しは
どうでしょう?

Answerリストラの主要テーマである雇用調整は、まだまだ続きそうです。現在、日本の失業率は二・五%程度ですが、これが三〜四%、さらに数%と拡大する心配もあります。もともと日本の企業は「企業内失業」といわれるような余剰人員を多く抱え込んでおり、複雑な流通過程の雇用吸収力も大きいため失業率が低いのです。それで数%となれば事態は深刻です。

 人減らしによる企業の活力の低下や、士気の喪失も懸念されます。雇用調整という一時しのぎで、古い企業体質が温存されたり、経営の失敗がうやむやにされたり、新しい成長の芽が摘まれたりすれば、企業の将来は明るくありません。企業には、長期的な視野からのリストラクチャリング戦略が、強く求められています。

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