更新:2006年9月30日
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耐震強度偽装

●初出:月刊『潮』2006年2月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

構造設計とは?

Question建物の耐震強度をごまかした事件に驚いています。
どういうことですか?

Answerまず、建物の設計はどのように行われるのか、
からお話ししましょう。

 建築の設計は、「意匠《いしょう》設計」「構造設計」「設備設計」という三つの専門分野に分かれています。

 意匠設計は広い意味のデザインで、敷地に建物をどんな形で配置し、部屋や廊下といった内部の空間をどう構成するか、造作や装飾をどうするかなどを決めること。構造設計は、建築物の自重や外から受ける力(地震の揺れによる力や風力など)に耐えるように建築物の構造を決めること。設備設計は、電気、給排水、空調、その他建物に応じた設備(たとえばコンサートホールの音響設備)を決めること。具体的には、それぞれ形態や素材・部材を吟味して設計図を描き、施工者に渡します。

 このうち意匠設計が、構造設計、設備設計を含めた全体を統合します。ある建物の設計者として名前が出るのは、普通は意匠設計をした建築家です。

 旧帝国ホテルの設計者はフランク・ロイド・ライトという二十世紀を代表する建築家ですが、彼は主に意匠設計を手がけたのです。旧帝国ホテルは竣工《しゅんこう》直後の関東大震災にびくともせず、彼は「軟弱な土壌の上に軍艦を建てた」という意味の言葉を残しています。もちろんライトには構造に関する深い理解があり、構造設計や設備設計の専門家と協同作業を重ね、設計の全体に責任を負っていたわけです。

 ところが、最近の建築物はより高層化、巨大化、複雑化し、安全性、居住性、機能性などさまざまなニーズに応える必要があって、意匠、構造、設備の設計分野はますます細分化されています。構造設計者は下請け的な存在で、役割や責任が明確でなく、契約上の主体にならない場合も多いのです。

 今回のマンションやビジネスホテルに関する耐震強度偽装事件では、設計事務所が構造設計を別の設計事務所に下請けに出し、その建築士が構造計算や構造図を偽造していたことが発覚しました。

計算プログラムを悪用

Question建築士は、どのように、なぜ、
そんなインチキをしたのですか?

Answer構造設計の基本は構造力学という学問で、これに基づいて建築物の柱、はり、壁などの応力(物体が荷重を受けたときに生じる抵抗力)が計算され、適当な部材の配置や寸法、配筋(どんな太さの鉄筋をどこに何本入れるか)などが決まります。

 昔は手計算でしたが、現在は国土交通大臣が認定したコンピュータ・プログラムで計算しています。このプログラムが、適用の範囲内で使われ、しかも計算処理が正常に終了した場合には、出力される構造計算書の各ページに大臣認定番号・性能評価番号などが打ち出される仕組みです。適用範囲外の部分的な使用の際には打ち出されないので、番号が付いていることが、プログラムが正しく使われた証拠となります。

 今回の事件で構造設計に関わったのは千葉県の姉歯《あねは》秀次・元一級建築士です。彼は、コンピュータ・プログラムにインチキな数字(たとえば地震の際にかかる力を半分以下に小さくした数字)を入力し、地震に耐えられるという計算結果を出力して、構造計算書を偽造していました。もちろん、プログラムの不正使用ですから、計算書に大臣認定番号・性能評価番号などは付いていません。

 なぜ、そんなインチキをしたかについては、姉歯元建築士は施工者である木村建設(熊本県)の篠塚明・元東京支店長を名指しして「鉄筋の量を減らすよう圧力があった」と証言。「これ以上できないと何度もいった」「木村建設の仕事が90%で、鉄筋量を減らさなければ仕事を一切出さないといわれ、やむを得ずやった」とも語っています(2005年12月14日、衆院国土交通委員会の証人喚問)。名指しされた東京支店長は、「そのようなことをいったかもしれないが、法令を遵守《じゅんしゅ》したうえでという意味だ」と真っ向から対立する証言をしています。

 また、一連の事件では、姉歯元建築士、構造計算を下請けに出した設計事務所の平成設計(木村建設の完全子会社)、施工した木村建設のほか、コンサルタント会社の総合経営研究所が木村建設に対してホテルの開業指導などをしており、コストダウンを徹底的に追求する「経済設計」を強く勧《すす》めていたとされています。

ザルだった建築確認

Questionそんなインチキ構造計算書が、なぜ
まかり通ってしまったのでしょう?

Answerある規模以上の建物は、建築基準法によって、建設する前に安全性や適法性が審査される決まりです。このチェックを「建築確認」と呼び、これを受けるまでは新築建物の広告も出せません。

 建築確認は、地方自治体に置かれた「建築主事」という資格者が行いますが、一九九八年の建築基準法改正で民間委託ができるようになりました。その民間会社を「指定確認検査機関」といい、国土交通大臣または都道府県知事が指定します。

 一連の事件では、指定確認検査機関であるイーホームズ(東京都)が建築確認事務を行ったケースが多いのですが、この会社は構造計算書などをチェックしたにもかかわらず偽造を見抜けませんでした。大臣認定番号や性能評価番号などが付いていないコンピュータの出力紙を、そのまま通してしまったのです。元建築士は「単純な偽造だからすぐバレると思った」「イーホームズは審査が通りやすい」「見ていないというのが実情だったと思う」などと証言しています。

 検査機関側は「巧妙な偽造で見抜けなかった」と弁解していますが、構造計算のプロならば簡単に見つけることができるデタラメです。申請された建築確認書類をざっと眺めただけでオーケーを出すなら、何のための指定確認検査機関かわかりません。しかし、それが実際に起こったのです。現在の建築確認システムに問題があることは明らかです。

 また、設計事務所や施工者が「知らなかった」といっていますが、これも大いに疑問です。建設されたマンションやホテルは、上層と下層で鉄筋の数や柱の太さが同じなど、明らかに異常な建築物。建物の10階と1階では、上に載っているものの重さが10倍違うから、同じもので支えるのはヘンなのです。そんなことは図面を見れば建築科の学生でもわかるし、建設現場でもプロならば必ずわかります。「このビル、やけに鉄筋が少ないな」くらい、アルバイトの土木作業員でも気づくかもしれません。

 もっとも悪いのは偽造した元建築士だとしても、関係者には異常な建物を造って、これを見逃し、世の中に送り出した責任があります。国や地方自治体など行政の責任も免れないと思います。

今後、必要なことは?

Question問題の建物はいくつあるのですか?
今後、必要なことは何でしょう?

Answer2005年12 月13日段階で、姉歯元建築士が関与し構造計算書を改竄《かいざん》した数は、マンションやビジネスホテルなど71件。不明や調査中も60件以上あり、さらに増える可能性があります。

 必要なのは、第一に、震度五強程度の地震(日本全国この瞬間に発生しても不思議はありません)で崩壊する恐れがある建物に住む人びとを一刻も早く安全な建物に移すこと。これには国や自治体の支援が必要です。建物の周囲も立ち入り禁止とすべきです。第二に、いずれ警察の強制捜査が入る見込みですが、関係者の事情聴取などを重ねて事件の全貌をつかむこと。第三に、補償問題。第四に、建築確認システムの全面的・抜本的な見直しが必要です。

 なお、ご自分の住むマンションの耐震性能が心配という方は、国土交通省、都道府県、日本建築士事務所協会連合会、日本建築士会連合会、日本建築家協会、日本建築構造技術者協会、住宅リフォーム・紛争処理支援センターなどで相談してください。

参考リンク

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