更新:2008年6月25日
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最低賃金

●初出:月刊『潮』2007年6月号「市民講座」●執筆:坂本 衛

すべての労働者に適用

Questionニュースで最低賃金という言葉を聞きました。
どういうことですか?

Answer最低賃金とは、働く人(労働者)を雇う事業主や経営者など使用者が、必ずそれ以上の金額を支払わなければならない最低限の賃金をいいます。

 日本では最低賃金法という法律で、「使用者は、最低賃金の適用を受ける労働者に対し、その最低賃金額以上の賃金を支払わなければならない。」(第五条)と定めているのです。たとえば、労使が合意のうえ最低賃金額を下回る賃金を定めたとしても、それは無効であって、最低賃金額と同じ定めをしたものと見なされます。

 最低賃金は、正社員・臨時雇い、パート、アルバイトといった雇用形態や呼称にかかわらず、原則としてすべての労働者に適用されます。ただし、この労働者には、同居の親族だけが働く事業や事務所に使用される者と家事使用人(いわゆるお手伝いさんなど)は含まれません(最低賃金法第二条)。

 また、(1)精神または身体の障害により著しく労働能力の低い者、(2)試みの使用期間中の者、(3)職業能力開発促進法に基づく認定職業訓練を受ける者のうち厚生労働省令で定めるもの、(4)所定労働時間の特に短い者、軽易な業務に従事する者その他厚生労働省令でについては、使用者が都道府県労働局長の許可を受けたとき適用除外となります(第八条)。

 最低賃金制度を最初に設けたのはニュージーランドで一八九四年のことでした。その後、オーストラリア、イギリス、ヨーロッパ諸国やアメリカに広がり、一九二八年には国際労働機関(ILO)で「最低賃金決定制度の創設に関する条約」が採択されました。現在では、アジアやアフリカを含めて、主要国のほとんどが最低賃金制度を設けています。

 日本では、戦前は制度そのものが存在せず、最低賃金法が成立したのは一九五九年でした。しかも当初は業者間協定を中心としたもので、これを定めた第九条・第一〇条が削除された六八年に、ようやく法律の趣旨に近い制度になりました。

地域別は平均六七三円

Question最低賃金は、どのように
決められているのですか?

Answer最低賃金には、地域別と産業別の二つがあります。地域別の最低賃金は、産業や職種にかかわらず、各都道府県内のすべての労働者に適用されます。これは都道府県労働局長が改正を必要と認める場合、地方最低賃金審議会に諮問し、その意見(答申)を受けて決定します。日本では四七の地域別最低賃金が定められているわけです。

 産業別の最低賃金は、各都道府県内の特定の産業の労働者に適用されます。これは関係労使が基幹的労働者を対象として、地域別最低賃金より金額水準の高い最低賃金を定めることが必要と認めるものについて設定されています。関係労使の申し出に基づいて、やはり最低賃金審議会への諮問・答申をへて改正されます。現在、都道府県ごとに全部で二四九件の最低賃金が定められています。

Question最低賃金は、具体的には
いくらくらいですか?

Answerたとえば神奈川県の地域別最低賃金は、一時間七一七円です。これは二〇〇六年一〇月一日に改正され、前年より五円上がりました。神奈川県の産業別最低賃金は、塗料製造業八三三円、鉄鋼業八一九円、非鉄金属製造業七八八円、一般機械器具製造業八一三円、電気機械器具製造業八〇二円、輸送用機械器具製造業八〇七円、自動車小売業八〇六円などです。これは〇六年一二月二〇日に改正され、前年より四〜六円上がりました。

 地域別最低賃金がいちばん高いのは東京で七一九円、神奈川県は全国で二番目です。いちばん低いのは青森、岩手、秋田、沖縄の六一〇円です。全国平均では時給六七三円が最低賃金となります。

 最低賃金法では「最低賃金は、労働者の生計費、類似の労働者の賃金及び通常の事業の賃金支払能力を考慮して定められなければならない。」(第三条)とされています。しかし、時給六一〇円ということは、一日八時間・月二二日働いて月額一〇万七三六〇円。これで家賃、水道光熱費、電話代、国民年金、国民健康保険、税金などを払い、さらに食費を出すのは至難の業。つまり、最低賃金は労働者が暮らしていく「生計費」としては足りず、事実上パートタイマーの最低賃金にすぎない水準なのです。

生活保護費より少ない?

Question最低賃金を生活保護費が
上回るケースがあるのは、本当ですか?

Answerはい。もともと日本の最低賃金は、一八歳単身者の初任給を想定しており、生計費や必要生活費の意味合いが薄いとされています。しかも、このところデフレの影響で、最低賃金の引き上げ幅が年に〇〜五円という年が続きました。

 一方で、企業のリストラやアウトソーシング(外注化)が急激に進み、フリーター、アルバイト、パートなど非正規雇用者が増えています。かつて最低賃金の稼ぎしかなくても親や配偶者の収入をあてにできた人が、高齢化、核家族化、晩婚化、離婚の増加などによって、少ない収入のまま自立せざるをえないケースも増えました。

 こうして日本では、ワーキングプア(働く貧困層)と呼ばれる人びとが増えています。年収二〇〇万円に満たない労働者は一〇〇〇万人規模でいるともいわれています。

 そんななか、最低賃金で働いている人の月収よりも、生活保護で受け取ることができる金額のほうが大きくなるという逆転現象も指摘されるようになりました。たとえば東京都の地域別最低賃金七一九円で一日八時間・月二二日働くと月額一二万六五四四円。ところが都区部の一八〜一九歳単身者の住宅扶助も入れた生活保護費は一四万円以上なのです。これでは勤労意欲が低下し、モラルハザードを招きかねないという声が高まりました。

 そこで二〇〇七年三月一三日、政府は最低賃金法改正案を通常国会に提出しました。改正の主なポイントは、@国内の各地域ごとにすべての労働者に適用される最低賃金を決定することを義務付け、A地域別最低賃金の決定基準について、生活保護との整合性も考慮するよう明確化するなどの見直しを行うこと、B最低賃金法違反に係る罰金の上限額の見直し(二万円を五〇万円に罰則強化)などです。

中長期で引き上げを

Question法改正で、最低賃金そのものは
上がるのですか?

Answer法律に金額が書き込まれるわけではありませんし、財界などが政府担当部局に念押ししたところ、今回の改正は最低賃金の引き上げを意味する改正ではないという回答でした。ですから、法改正でただちに最低賃金が引き上げられることにはならないでしょう。

 労働界や野党には「最低賃金は全国一律一〇〇〇円に引き上げを」との声もありますが、中小・零細企業や、景気回復の波及が遅れている地方も含めて一律三割といった引き上げは、ちょっと無理があるでしょう。

 とはいえ、日本の最低賃金が先進国中ほとんど最低水準であることは事実です。その引き上げは、格差是正にとどまらず、なかなか上向かない個人消費への刺激になります。ワーキングプアがさらに膨張していけば、税収は減り社会は不安定化して、結局は企業経営にマイナスともなりかねません。たとえば中小企業に対する減税・融資制度と組み合わせるなど、中長期的なロードマップを作って段階的に引き上げを目指す必要があるでしょう。

 忘れてならならないのは、最低賃金の額だけを高い低いといってもあまり意味がないこと。消費税、所得税、教育費、医療費、健康保険や国民年金といった懸案の問題と合わせて解決を図らなければ、議論は空回りするだけだと思います。

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